Coffee Column
コーヒーコラム
ブラウンブックスカフェのコーヒーにまつわる日々のコラム

Yoko Hoshikawa
ブラウンブックスカフェ/ブラウンブックスヴィンテージ店主。
コーヒーとHip Hop を愛する2児の母。札幌在住。
Chihiro Taiami
妖怪が大好きな円山店時代の元スタッフ。
4人の子供の育児の合間に当店のコラムを担当している。道南在住。

年: 2022年

  • title
    コーヒーの効果
  • date
    2022年11月13日

遠くアラビアの地で、くすりとして飲まれていたコーヒー。長い時を経て日本に届いてからも、明治の頃までくすりとして飲まれていました。

そのはじまりだけあって、現在もさまざまな健康の効果が期待されています。さてその効果とは?

ひとつめは、コーヒーに含まれるクロロゲン酸。ポリフェノールの一種であるこの成分は、植物が作り出す抗酸化物質で、ワインや緑茶、チョコレートのカカオにも含まれます。

コーヒーの褐色や苦味、香りの元となるこの成分には、抗酸化作用があり、体の中で老化やシミ、シワの原因となる活性酸素を減らすという、アンチエイジング効果があります。がんや糖尿病などの予防にも効果的です。

ふたつめは、コーヒーといえばのカフェイン。カフェインには興奮作用があります。集中力を高めたい時やスッキリしたい時に効果があります。

夜飲むと眠れなくなってしまうのもこのためですが、反対に、コーヒーの香りにはリラックス効果もあり、特にブルーマウンテンやグアテマラなどは、リラックス時に出るアルファ波が増えるそうです。

血管を広げたり、血のめぐりをスムーズにし、疲れを取る作用もあります。

コーヒーとか、タバコとか、嗜好品を欲するのは自分の体調のバロメーターにもなると思います。風邪をひいている時は飲みたいと思わないとか、「コーヒー飲みたくなってきた!体調戻ってきたな」というように。

アンチエイジング、集中力、疲れをとるなど現代人には嬉しい効果がたくさんのコーヒー。

そんなことを頭の片隅に、美味しく楽しく飲んでいただけると嬉しいです。

あれ、いつもそばにいて気づかなかったけどそんなことしてくれてたのと、一声かけてやってください。あ、コーヒーのことです。

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taiami

  • title
    自家製レモネード
  • date
    2022年11月03日

    

都会的で、きらきらで、最高におしゃれ。

煮詰められた、甘酸っぱい柑子色のシロップをひとすくい。そ〜っと水を注ぐと二層に分かれて、グラスの向こうが透けて見える。

きらきらとした都会的なものに惹かれてしまうのは、海と山しかないような、ちいさな田舎町で育ったからか。遠く離れた母にもいつか飲ませてあげたいな、なんて思えば、陽に当たって透けたグラスの向こうに、母とのちいさなおもいでが、ぼうっと映る。

遠い昔の3月、絨毯もない冷え切った真新しいワンルームで、2人で過ごした3日間のこと。

      

古びた地元の駅から、約300キロの道のり。JRの窓から見える建物が、どんどん高くなっていく。お尻が痛くなってきた頃に届く、「まもなく、終点、さっぽろ」のアナウンス。高校を卒業したら、絶対に都会に住むのだと決めていたのだ。心が躍って、思わず前のめりになる。

3月末、小さなワンルームの中は、ひんやりと冷え切っていた。2枚重ねた靴下に伝わる、フローリングのごつごつとした無機質な冷たさ。寒くて、殺風景で、生活感のない、真新しいにおいがする部屋。これから、可愛いピンク色のカーテンと、ふわふわのラグが届くのだ。わくわくする私を見て、「いいなぁ、お母さんもここに住みたい。」と母は羨ましそうに呟いていた。

2日目、家の近くにおしゃれなパン屋さんを見つけた。お金に厳しい母が、珍しくたくさん買ってくれた。見たことも聞いたこともない、カタカナのおしゃれなパンばかり。何から食べようかと、何もない部屋にパンを並べた。「都会には色んなものがあるから、お母さんが出来なかったこと、これからたくさん経験できるよ。」と、また羨ましそうに言っていた。そんなに羨ましいなら、お母さんもこっちに住めばいいのに。と言うと、少し困った顔をしていた。きっと、すこしだけ寂しかった。母も、私も。

    

3日目、母が乗るJRの時間まで、2人で街を歩いた。憧れていた「4プラ」も「PARCO」も、綺麗な店員さんばかりでドキドキして、結局何も買えなかった。母と2人、時間を持て余し、改札の目の前のベンチに座る。

ありがとうもごめんなさいも、言いたいことは沢山あったのに、照れ臭さと、泣いてたまるかという意地がジャマをして、初対面かのような上っ面の会話しかできなかった。母も同じだったのか、案内のアナウンスが流れるとすぐに立ち上がった。そうして、まるで明日また会うかのように、「またね」と手を振って母を見送った。

私と母の、18年間の暮らしが終わった日。離れていく母の背中を、人混みに溶けて見失うまでずっと見ていた。母は、結局一度も振り返らなかった。

    

誰もいない家に帰ると、無性に寂しくなった。まだ何一つ汚れがない綺麗なキッチンには、昨日、母が買ってくれた名前もわからぬパンが、いくつか残っている。私はこれからいつでも食べられるんだから、母にあげればよかった。つめたいフローリングに座ってひとりでパンを食べながら、小さな田舎町での日々を思い出して、わんわんと泣いた。

   

あの日から、気づけばあまりにも長い月日が経った。好きも嫌いも、楽しいもつらいも、両手いっぱい、溢れるくらいの経験をして、気づけば細い階段に行き着いていた。18歳の頃より、少し逞しくなってしまった身体で今日も階段を登り、きらきらと輝くレモネードを作っている。

いつか母がこの階段を登る日が来たら、陽の当たる窓際の席で、向かい合ってレモネードを飲むのだ。そうして、この街で経験した両手から溢れ出るおもいで話を、ひとつずつ、ゆっくり話そう。

忘れたいほどのお酒での大失敗も、今じゃ笑えるひどい恋愛話も、真新しいワンルームであなたを想って一人で泣いた日のことも、遠い遠い小さな田舎町に住む母は、きっと知らないだろうから。

BBC staff 渋川