Coffee Column
コーヒーコラム
ブラウンブックスカフェのコーヒーにまつわる日々のコラム

Yoko Hoshikawa
ブラウンブックスカフェ/ブラウンブックスヴィンテージ店主。
コーヒーとHip Hop を愛する2児の母。札幌在住。
Chihiro Taiami
妖怪が大好きな円山店時代の元スタッフ。
4人の子供の育児の合間に当店のコラムを担当している。道南在住。

年: 2022年

  • title
    コーヒーは僕の杖
  • date
    2022年09月28日

そのタイトルに惹かれ手に取った本は、8歳でアスペルガー症候群と診断され、中学生で学校に行くのをやめる決意をした当時15歳の岩野響くんとそのご両親の、経緯や気持ちを綴ったお話でした。

子供が、無事に、幸せに生きていくことを願わない親はいないと思う。どんなふうに?それは本人が考えることだけど、生きていく、そのベースになる力をつけてやりたいという気持ち。

ご両親のコーヒー好きに影響を受けて自分も好きになったという響くんは、焙煎機を手にいれ焙煎を始めます。最初は焦げた、または生焼けのコーヒーでお父さんとお母さんにも美味しくないと言われていましたが、1年がたつころ「うん、美味しいよ」と言われるようになったそうです。

その後、大坊珈琲店の大坊さんと話すことでコーヒーそのものを体現し、カフェ・ド・ランブルの関口さんの焙煎する姿やオールドコーヒーに魂を揺さぶられ、さらに自分のコーヒーを探し始めます。

焙煎の深さ。コーヒーを飲む人の時間、表情。コーヒーを通して、響さんのイメージしたもの。

そんなある日、お母さんの口から出た「お店やっちゃいなさいよ」の一言。

もともと自作の服で洋品店を営んでいたご両親は、お店の一角を開けてコーヒー店をやることになったのですが、行動力のあるお母さんが先に告知をしオープンまでの時間はなんと三日!

三日間で、ご両親は響くんがびっくりするくらいの手際で、店舗デザイン、照明、テーブル、ガス工事、塗装、コーヒー豆のパッケージまで作ってしまいました。

思いついたことは行動したらほんとうにできてしまうし、行動しなければできない。響くんはあらためて思います。

悩んで、迷って、もがきながら、自信や達成感を少しずつ得ていく、若き焙煎士とその家族。

コーヒーという杖。響くんと家族が見つけた生きていくための道具が、誰にでもあるはずだというメッセージとして、私は受け取りました。

参考:「コーヒーはぼくの杖〜発達障害の少年が家族と見つけた大切なもの」

著 岩野響・開人・久美子

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Taiami

  • title
    ハーブティークリームソーダ
  • date
    2022年09月12日

     

デート前夜の女子は、忙しい。

普段は躊躇してしまう1枚300円のパックをしながら、とっておきのワンピースに似合う靴とアクセサリーを考える。帰り道に唐揚げ弁当としっかり目が合ったが、明日はデートだから、よくわからない横文字の葉っぱが入っているサラダを買った。

明日の朝、目が覚めて有村架純になっていたら歯を磨くだけで家を出るのだが、残念なことに私はただの一般女性Aさんでしかない。せめて自分史上最高の「かわいい」を叩き出すため、まるで戦いに挑むかのように、念入りに明日のシミュレーションをする。準備の時間を3時間と想定すると…起きるのは、朝6時。関ヶ原に向かう武士たちも、戦い前夜に思ったに違いない。大事な日だから早く寝たいのに、準備したいことがありすぎて全然寝れないじゃん!と。

新調したワンピースも、いつもよりラメが控えめなアイシャドウも、すべては自分の「かわいい」のためであることに違いはないのだが、できることならば、向かい合う彼からも「かわいい」の一言がほしい。

 

ただ、相手にばかり求めて期待するのは良くない、と幾多の恋愛コラムニストも、手相占い師も、流行りのJ-POPの歌詞でも口を揃えて言っていた気がする。

だからこそ努力し、自分の力で欲しいものを勝ち取りたい。気分はすっかり一国の軍師だが、軍師を名乗るには、圧倒的に相手へのリサーチが足りない。

気付けばもう長い時間一緒にいるが、彼が「かわいい」と言っていたのはカワウソぐらいな気がする。カワウソより私のほうがよく笑うし、ご飯作れるし、まつ毛上がってるし、髪はふわふわなのに!とあまりに不毛な感情を抱いてしまった点は冷静さに欠けていたと思う。軍師たるもの、負けた戦から次の戦の勝機を見い出したいものだが、現時点ではカワウソになるくらいしか方法が見当たらない。

無論、こちらも好んで戦いを挑んでいる訳ではない。たった一言、「かわいい」と褒めるだけで、その日1日は誰よりもご機嫌だし、山盛りの洗い物もするし、寿命間近の電球も7個くらい余裕で替えてやるというのに、彼はなかなか降伏しない。なので今日も、3時間かけて最強の「かわいい」を武装して、何食わぬ顔で待ち合わせ場所のカフェに向かう。

 

もう夏も終わるから、と駆け込みで頼んだハーブティークリームソーダは、可愛い見た目とは裏腹に、ハーブの爽やかな香りとすっきりした味わいが新しくて、ちょっとだけ、クセがあった。まんまると綺麗に盛られたバニラアイスが少しずつ溶けて、すっきりとした夏らしい味がまろやかに変化する。爽やかなだけじゃないし、甘いだけじゃない。初めは少しびっくりしたクセに、気づけばどんどん惹かれていく。飲み終わる頃には、次の夏も絶対飲もうと、まんまと思ってしまっていた。

クリームソーダに添えられた昔懐かしいチェリーは、今日のために買ったリップと同じ、かわいらしい赤色をしている。青とむらさきのソーダと、まあるいバニラアイスと、鮮やかな赤色のチェリー。そのあまりにかわいらしくきらきらした姿に、うっとりと目を奪われてしまう。

  

ふと、「かわいいね」と向かい合う彼が言った。

きらきらと輝くクリームソーダに対して言ったであろう一言が、陽の光で透けた青色のソーダを通して私に届く。

爽やかで、すっきりしていて、ちょっとだけクセがある。時々あまくて、とびきりきらきら。まるで、一筋縄ではいかない理想の女の子のよう。

今日のところは潔く負けを認めて、次回の戦いに備えよう。「かわいい」の一言をめぐるこの戦いは、きっと来年の夏には私に軍配が上がり、意気揚々と切れかけの電球を替えているに違いない。

 

ゆっくりと、バニラアイスが溶けていく。

ソーダと完全に混ざり合う頃には、他愛もない話に夢中になっていて、アイスが溶けていることにも、3時間かけた武装がすっかり剥がれていることにも気付いていない。

  

あまりにも分の悪いこの戦いが、これからもどうか、末永く続きますように。そう願う一国の軍師は、きっと性懲りも無く、次のデートでも朝6時に起きてしまうのだろう。

BBC staff 渋川