コーヒーコラム "Brown Page"
コーヒーにまつわる日々のコラム、"Brown Page"(ブラウンページ)。
毎年10月1日コーヒーの日には、一冊の茶色い本、"Brown Book"(ブラウンブック)として発行しています。

年: 2022年

  • title
    「飯尾和樹のずん喫茶」にて
  • date
    2022年04月19日
  • category
    coffee column

例えば偶然入ったお店があまりにも自分の感性にぴったりだった時。いやもう入る前から、すでに佇まいや気配から好みだ・・・!と気づいてしまって興奮を抑えられないなんてこと、あると思います。

その気持ちを、その興奮を、見事再現してしまったのが「飯尾和樹のずん喫茶」という番組です。

喫茶店が大好きだという「ずん」の飯尾和樹が東京の純喫茶巡りをするという番組なんでございますが(すみませんすっかり気持ちは飯尾です)マスターやママとおしゃべりしたり、おすすめのメニューを食べて喫茶店の時間を過ごします。

わかりやすい駅や名所からスタートし、だんだん路地裏などに入っていってお店を探すわくわく感は、まるで自身が純喫茶巡りをしている気持ちに。たどり着いた店の独特な看板を見た時のときめきと言ったらもうありません。

店に入ると大体マスターやママは御年五十代から七十代くらい。

とある海系の名前の店では飯尾が「船長いますか」とお店に入ると「私です」とマスターが現れる。その後ろにママを見つけ、「あ、じゃあこちらの方は人魚かな」という。

別のヨーロピアン調のお店では、壁に並んだ中世の女性たちの絵画を見ながら、どの女性が好みかをマスターと語り合う。

また別の店の入り口では「あっ食品サンプルなのにラップがしてあるのはなぜだろう」

シングルオリジンのコーヒー豆の並んだメニュー表を見て、「わーサッカーの強い国ばっかりだ」

店の生い立ち、お店を始めたきっかけ、こだわりのポイントなどをおしゃべりするのですが、寡黙なマスター、よくしゃべるマスター、オタクっぽいマスター、前髪をビシッと固めたママ、小さい頃から遊びに来ていた孫が店を手伝っている、などさまざま。

注文前に映し出される味のあるメニュー表を眺めるのも来店している気分になります。

店名も、メニューも、窓も、椅子も、その店によって個性がある。いや個性しかない。

純喫茶は、攻めではなく懐。例えるならポケットの中のマッチや、小銭や、ガムの包み紙、そのバラエティの豊かさが勝負。

純喫茶は、お店とお客さんに気持ちのいい距離感があって、思い立った時にいつでも足を運ベる、約束のいらない友人のよう。シュールで優しい飯尾ワールドは、そんな喫茶店のあり方そのものを映し出します。

フタに花占いのついたコーヒーフレッシュ。

”新しい恋の予感、素直に飛び込んで”

飯尾がそれを見て「今これやったら私人生終わりますね」と言う。

私、もう喫茶店と飯尾に恋してます。

「飯尾和樹のずん喫茶」

-27-

chai

  • title
    石井好子とコーヒー
  • date
    2022年04月08日
  • category
    coffee column

「夕食にしましょうか」

マダムがドアから顔を出した。

夕暮れどき、中庭に向かったアパートの窓には灯がともって、お皿のふれあう音や、こどものカン高い声が、私の部屋までつたわってきた。いまから十年前、パリに着いたばかりの私は、マダム・カメンスキーという白系ロシアの未亡人のアパートに部屋を借りていた。ー

なんとも素敵な情景から始まる、石井好子の「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」というエッセイ。

シャンソン歌手として世界各国で舞台に出演し、帰国後は歌手、エッセイストとして活躍した女性です。 歌を歌う仕事をされていたせいなのか、というのは私の勝手な感じ方かもしれませんが、流れるようなリズムと、ひらがなの使い方が優しい気持ちの良い文章。

食べものや、つくることに対する愛おしさがひしひしと伝わってくるこのエッセイは、当時「暮しの手帖」の編集長だった花森安治に同誌への連載を依頼され、一九六三年に単行本を刊行して以来、一度も絶版になることなく多くの人に読まれている「おいしい本」です。

さてこのエッセイの中でもコーヒーが登場するところを見つけました。

ー高級喫茶店で有名なのは、ルイ十四世風な店がまえをしたマルキ・ド・セヴィニエで、オペラの近くにも、山手ヴィクトル・ユーゴーという所にあり、また、その店に似た高級なお菓子と高級なサンドイッチとお茶、コーヒー、アイスクリームの類しか出さぬ純喫茶店がいくつかある。

(中略)

このような店に来るのは主に有閑マダムで、男性の姿はあまりみられない。九割が女のひとだが、それもいかにも金持ちらしいミンクのコートを着て,しゃれた犬などつれている人種が集まる。しょざいない午後のひとときを、うすいサンドイッチをつまみ、香りの高い紅茶を飲んで、おしゃべりに時をすごす。しかし、ふつうの人々はそのような高級喫茶店よりキャフェを利用する。

どこの街角にもあるガラスばりのキャフェで、冬は暖かいストーブにでもあたりながら、熱気で曇った窓ごしに通りをながめ、安いコーヒーで何時間もねばっている、けだるいのどかさが好きなようだ。

夏は夏で、道路に張りだしたテラスに腰をかけ、ビールでものみながら、のんびりと道ゆく人をながめているのが好きだ。

キャフェのお客は老若男女、学生、子供といろいろだ。甘い飲みものも、またアルコール類も、お菓子もお茶もあり、軽い食事もできる。

キャフェのサンドイッチときたら、うすい品のよいのとは違い、バゲットを三十センチの長さに切り、中を開いてバタをぬってハムやチーズをはさんだごついサンドイッチだ。大きいのを両手でつかみ、バリバリはしから食べてゆくと、パンばかりのどにつかえて、両あごがくたびれてしまう上、わるくすればパンの皮で上あごをむいてしまうことさえある。

このキャフェのギャルソン(給仕)たちは、一杯のコーヒーで何時間粘っても、いやな顔は決してしない。呼ばれないかぎり知らん顔で、気がらくだ。

パリの紅茶がまずいことは前に書いたが、コーヒーもおいしくない。一般的に、朝食にはキャフェ・オ・レと呼ぶ濃いコーヒーに二倍の量のミルクを入れたのを、大きい茶碗で飲むが、キャフェでのむのはエクスプレスかフィルトルだ。

エクスプレスというのは店でわかしたコーヒーだが、フィルトルというのは大変なコーヒーだ。一人前ずついれるコーヒーで、コーヒー茶碗のうえに、コーヒーの粉が入り上から湯をそそいだ濾し器ののったものが出てくるのだが、濾し器がいい加減にできていて、ポタポタとコーヒーが都合よく下の茶碗におちないものが多いのだ。濾し器のフタをとり、手のひらで押して空気を入れようとすれば、手のひらはやけどをせんばかりになるし、やっとポタポタおちてきたコーヒーは冷えてなまぬるい。実にまずいコーヒーなのだが、強情なフランス人はそのいれ方がおいしいときめたので、あくまで苦労して、まずいフィルトル式のコーヒーをのんだりしている。ー

(「紅茶のみのみお菓子をたべて」)

なんとまずいコーヒーとごついサンドイッチの話でしたが、なんだか愛おしさも感じてしまうし、コーヒー片手に誰でも気ままに過ごせるカフェの空間はやはり魅力的です。エクスプレスはエスプレッソで、フィルトルはフィルターまたはネルドリップのことでしょうか。(わからなかったのでご存知の方はご一報ください!)

それからこの章には、「悲しみよこんにちは」のフランソワーズ・サガンなどの翻訳家である朝吹登水子と一緒にアパートに住んでいた頃の話が出てきます。

「おいしいものを食べたい、飲みたい場合は、それだけ手を加え、愛情をそそがなければ駄目なものだ」

彼女の暮らしぶりからそんな印象を持ったそう。長いことパリに住んでいた同居人は、三時のお茶をおいしく飲むため昼食はひかえ目にし、きれいなテーブルかけをかけて一輪の花でも飾り、とても大切な時間として過ごしていたそうです。

最後に、パリのカフェではよく三日月型のクロワッサンが食べられますね。

子供たちの大好きなアンパンマンの絵本に「アンパンマンとみかづきまん」というものがあります。このお話は、ジャムおじさんとバタコさんがクロワッサン星に行き、クロワッサン星のおうさまと、お互いクロワッサンの作り方とアンパンの作り方を教え合うというもの。

おうさまは言います。

「このほしはおうさまがパンをつくることになっているんじゃ。さて、わしのやいたクロワッサンをたべてもらおうかな」

あとがきに、やなせたかしのこんなことばも添えられています。

「クロワッサン星のクロワッサン王は、戦争はしません。国民においしいパンを食べさせる王さまです。クロワッサン星には、国中おいしいものがいっぱいで、アイスクリームの花が咲いていたりする。クロワッサン星はなんだか夢のような星ですが、もしかしたら本当に宇宙のどこかにこんな楽しい星があるかもしれないと思って、この絵本をつくりました。」

世界中のおうさまが、クロワッサン王のようになるといいなぁ。

 

 参考:「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」石井好子

    「アンパンマンとみかづきまん」やなせたかし

-26-

chai