コーヒーコラム "Brown Page"
コーヒーにまつわる日々のコラム、"Brown Page"(ブラウンページ)。
毎年10月1日コーヒーの日には、一冊の茶色い本、"Brown Book"(ブラウンブック)として発行しています。

ドライブのお供にコーヒーは最高ですが、激しいカーチェイスの合間にもなかなか似合うと思ったのが今回の映画「BABY DRIVER」。

天才的な運転センスを買われ、組織のお抱えドライバーとして現金輸送車や銀行で強盗を働く集団を逃がす主人公BABYは、子供の頃の事故の後遺症の耳鳴りを消すため、四六時中イヤホンで音楽を聴いています。カーチェイスの場面では、たくさん持っているipodの中からその時のテンションで音楽を選び、クイーンの「Brighton Rock」ダムドの「Neat Neat Neat」T.レックスの「Debola」マーサ・リーヴス&ザ・ヴァンデラスの「Nowhere To Run」など名曲かけてぶっ飛ばします!

BABYは愛称で、最後の方まで本名は名乗らないのですが、演じるアンセル・エルゴートは甘く幼い顔立ちに長身で、自分も来世こんなルックスだったらB -A -B -A -Yと名乗ってみたいです。彼は仕事のあとや組織の会議の前、よくコーヒーショップに立ち寄ります。激しい仕事の後、音楽を聴きながらご機嫌でカフェのドアを開ける場面も、テイクアウトの紙カップをトレーに乗せて踊りながら道を歩く場面も絵になります。

ちなみにコーヒーの出てくる場面ではJonathan Richman&ザ・モダンラヴヴァーズの「Egyptian Reggae」やGoogie Reneの「Smokey Joe’s La La」が流れています。

ヒロインの女の子との出会いもカフェです。サーバーに入った半分煮詰まったようなコーヒー。でも、そんなコーヒーもやっぱり美味しそう!

私の母は、お盆のお墓参りの2時間弱のドライブの時、必ず缶コーヒーを持っていきます。コーヒー好きだった祖父へのお土産なのかなんとなく特別なものらしく、新聞紙に包んだお花と蝋燭などの荷物の間から、缶コーヒーを手渡してくれます。

私は運転もそんなに上手くないし音楽も詳しくありませんが、もうちょっと腕をあげてBABY DRIVERの曲を網羅したらカーチェイスにもチャレンジしてみようと思います。

映画を観るときは、ぜひLサイズの紙カップコーヒーと、ピーナッツバターを端までたっぷり塗ったトーストを片手にお楽しみください!

-15-

chai

 

 

  • title
    猫のいる風景
  • date
    2021年11月22日
  • category
    coffee column

実家の猫はもう二十歳を過ぎ、いい歳であるはずなのに、これまで健康も見た目もマイペースぶりもほとんど変わらずに来ました。なのでこの猫が歳をとるとか、いつか死ぬということをすっかり忘れていました。

今年の夏、突然、てんかんのような発作を起こし、我を忘れたようにぐるぐる回り始めると、腰を抜かしてぐったりしてしまいました。その後も何度か同じような発作を起こし、尻尾を垂れて急に歩き方もふらふらになってしまいました。

ゴミ箱やテーブルの足など家具を頼りによろよろ。方向を変えようとすると上に大きくそってしまい、背中からどんど倒れます。危うく父の碁盤の角に頭をぶつけそうにもなりました。食欲もなく体も細くなり毛が浮いて、これまでできていたトイレも、辿り着けずに床でしてしまうことも増えました。それでも毎日よろよろと歩き続けていました。

病院からもらった薬をあげながら見守る日々が続きましたが、そろそろだめかなという空気が家族中に漂いました。

もう十月も半ばの暑い暑い日。朝に母から電話がきました。娘を抱えて急いで実家に行くと、猫が座布団の上でぐったりしていました。「大往生だな。幸せな猫だったよ」と父が言い、「いつもの日当たりのいいところで丸まってたと思ったら、口ぱっくり開けてたんだよ」と母が言います。目にも生気がなく、本当にか細く息をしているだけという感じでした。しかし、しばらくすると頭を少し持ち上げ、父が手のひらに餌を載せてあげてみると、ぺろぺろと舐めました。

なんとその日を境にみるみる回復していったのです。

ご飯はむしゃむしゃと食べるようになったし、尻尾もピンとたてて歩きます。よろよろしながら歩いていたのは、リハビリだったようです。わずかな段差も上がれなくなっていたのに、知らないうちに階段を上って、二階のお気に入りの窓で昼寝をしていたりします。

かと思うと、少々ボケたように、ご飯を食べたのを忘れて何度も餌皿の前に座るようになったり、朝一緒に寝ている母の布団におねしょをするようになりましたが、自分で生活ができるくらいには戻りました。そうそう、子供の頃よく企てていた外への脱走計画も、また練り直している節が見られます。

父はペット霊園の資料を集めていたそうです。母と末の弟は、残りの餌をどこかにあげようかと相談していたみたいだし、もう一人の弟は仕事の前に必ず寄り、抱きしめていったそうです。知らないうちに夫も会いにいっていました(弟がたまたま休みで昼寝をしていて、その股間に猫も丸まって寝ていたため、あまり触れなかったみたいですが)。

家族の勝手な思いや計画なんてお構いなく、転んでも転んでもひたすら歩き続け、休養をとり、マイペースを貫いていたその猫の姿に、何年か前に亡くなった祖母のことを思い出しました。ホットミルクに浸した食パン、甘酒、砂糖をかけたトマト、小柄で食は細いけど自分の好きなものだけ食べ、健康で超長生きした祖母。人生(猫生)ひっそりマイペース、好きなように、やりたいように!

毎朝父がコーヒーを飲みながら、新聞を読んだり日記を書いたりしていると、何食わぬ顔でその上にのってくる猫。抱っこしてくれるまで動きません。

拾ってきたので正確な年齢はわからないけれど、家に来てからの歳を考えても、二十歳ということは人間にしたらもう百歳近く。猫またになってもおかしくありません。

「妖怪になってもいいからもう少し一緒にいてほしい」。そう言ったのは弟ですが、家族みんなが弟と同じ気持ちで過ごした夏でした。朝のコーヒーの香りと、日のあたる暖かいソファの上で猫が丸くなっているあの風景は、かけがえのない日常です。

-14-

chai