Coffee Column
ブラウンブックスカフェのコーヒーにまつわる日々のコラム

Yoko Hoshikawa
ブラウンブックスカフェ/ブラウンブックスヴィンテージ店主。
コーヒーとHip Hop を愛する2児の母。札幌在住。
Chihiro Taiami
妖怪が大好きな円山店時代の元スタッフ。
4人の子供の育児の合間に当店のコラムを担当している。道南在住。
  • title
    コポコポ十年
  • date
    2022.10.10

結婚して義実家に行き始めた頃、心細い私を助けてくれたのはコーヒーでした。

といっても、とても優しい義父母ですが、どこに座っていいのかもわからないような未熟者だったので、こんな嫁にあちらの方が困惑されたかもしれません。

ヘラヘラしながらよくわからない返事をし、出してもらったご飯をよく食べるというところだけは褒められ、食後の茶碗洗いはやらなくていいと言うのを真に受けていいのか、やったほうがいいのかわからず、結局中途半端にやったりやらなかったり。食べすぎたお腹をさすってたまにこっそりゲップをしながら、不自然にテレビの方を向いてるようなありさまでした。

そんな時、コーヒーメーカーからコポコポと音がしていい香りが漂ってきて、すごく心が和んだのを覚えています。救いを求めるようにお湯がぽたぽた落ちるのをずっと眺めていました。

私がコーヒーを好きだということを知り、今では家に着く前に淹れておいてくれ、居間に入るとすぐにいいにおいが漂ってきます。「◯◯ちゃんは本当にコーヒーが好きだよなぁ」という義父の言葉は、なんだか嬉しくて、やっぱりヘラヘラしてしまいます。

嫁に来て十年近く経ち、子供が産まれても頼りない。でも十年たってみると、自分の育った環境で当たり前だと思っていたものが当たり前じゃないこと、正しい、正しくないだけではないいろんな考え方があることがわかってきました。

初めのうちは戸惑うこともありましたが、今は、これは義実家の方が素敵だな、と思うところもたくさんあります。もちろんあらためて自分を育ててくれた家族のいいところも、ちょっと独特だったんだなというところも。

なんて悟ったように言いましたが、どっちもありがたさが身に沁みることもあれば、うまくいかずに落ち込んだり、コンチクショーと思うこともあります。煩悩だらけの人間で、全てを受け入れて菩薩のような心でい続けるのはむずかしい。

実家でも義実家でも、いただくコーヒーにはそれぞれの美味しさがある。もともと少ない毛がさらに薄くなったじいちゃん達、目尻が下がって優しい顔になったばあちゃん達と、飲みながら他愛ない話をする時、コーヒーが、みんな元気なうちに孝行しろよと言っているようです。

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taiami

  • title
    彼女の特等席
  • date
    2022.10.01

   

彼女との出会いは、はるか昔に遡る。

近所の公園で、ちいさな段ボールに入って震えていた彼女と目が合ったのは、確か私が、11歳の頃。

   

彼女は、決して人懐っこくなく、愛想もなく、極めて自由だった。

物静かな母と気が合ったのか、彼女はいつも母の近くにいた。毎朝必ずコーヒーを飲む母の隣で静かに佇み、母がカップを置くたびにコーヒーが波打つのを、彼女は時々不思議そうに見つめていた。

母とは正反対の私には滅多に近づかなかったが、私が落ち込んだ日に静かに隣に来てくれたのは、彼女なりの優しさか、はたまた気のせいか、いや、ただストーブの前で暖まりたかっただけか。理由はどうであれ、珍しく私の隣に来てくれたあの日、彼女のおかげで少し気が楽になったのを覚えている。

    

来る日も来る日も母の隣の特等席に座り、カップを置くたびに波打つコーヒーをじっと見つめ、眠くなったら、そのままテーブルの上でまるくなる。まるで時間が止まっているかのように見慣れた光景だったが、段ボールの中で震える彼女を抱きかかえたあの日から、気づけば長い月日が流れていた。

    

彼女はいつから、旅立つ準備をしていたのだろう。

    

突然の知らせを受けて実家に帰ると、遠い昔、買いたてのガラケーで私が撮った、家に来てまもない頃の彼女の写真がテーブルの上に飾られていた。隣には、彼女が好きだったぼろぼろのおもちゃと、お気に入りだった、ちょっと高級なおやつ。

母は、「自分の親が死んだ時より泣いちゃったよ。」と冗談ぽく笑っていたが、本当にそうなのだろうと思った。その日も母は変わらずコーヒーを飲んでいたが、母の隣の特等席は、どれだけ待っても空席のままだった。

寂しげな母の背中は、猫背であることを差し引いても、こころなしか前より丸まっている気がした。彼女の旅立ちと共に、あまりに長い月日の流れを実感し、思わず鼻の奥がツンとする。いつも、湯気が出ているうちにコーヒーを飲み干すせっかちな母が、その日はゆっくりとおもいでに浸るように、冷めきったコーヒーを飲んでいた。

     

翌朝、父も母も仕事で家を出て、ひとりになった。

ふと思い立ち、お湯を沸かして、母がいつも飲んでいる安いインスタントコーヒーの蓋を開けた。適当にスプーンで粉をすくってカップに入れ、お湯を注ぐ。

湯気が立ったコーヒーは、少しお湯を入れすぎたか、なんだか薄く感じた。母がいつも座っている椅子に腰掛け、テーブルに置いた振動で波打ったコーヒーをじっと見つめる。

猫背の私を、母だとうっかり間違えてくれないだろうか。

思ったより薄味になってしまったコーヒーを飲みながら、彼女が旅立ってから何度も繰り返し聴いた歌を口ずさむ。

    

「幽霊になった僕は 明日遠くのきみを見に行くんだ その後はどうしよう きっと君には言えない」

    

コーヒーのにおいに誘われ、今日ばかりは彼女だけの特等席に戻ってきてくれないかと思ったが、やっぱりいいや、とカップを置いた。

彼女は、人に懐かず、飄々とした、自由で気高い猫だった。

きっともう、いつもの散歩コースからは考えられないくらい思いっきり遠出して、今頃ひとり気ままに、旅をしているに違いない。

   

なんだか急に苦味を感じて、母は絶対にいれない、砂糖とミルクをどばどばと入れた。すっかり冷めきった、あまったるいコーヒーを一気に飲み干す。

  

遠出するには絶好の、晴れた朝。

だれもいない家に、私の音痴な歌だけが響いていた。

    

    

引用 「雲と幽霊」ヨルシカ

    

BBC staff 渋川

  • title
    コーヒーは僕の杖
  • date
    2022.09.28

そのタイトルに惹かれ手に取った本は、8歳でアスペルガー症候群と診断され、中学生で学校に行くのをやめる決意をした当時15歳の岩野響くんとそのご両親の、経緯や気持ちを綴ったお話でした。

子供が、無事に、幸せに生きていくことを願わない親はいないと思う。どんなふうに?それは本人が考えることだけど、生きていく、そのベースになる力をつけてやりたいという気持ち。

ご両親のコーヒー好きに影響を受けて自分も好きになったという響くんは、焙煎機を手にいれ焙煎を始めます。最初は焦げた、または生焼けのコーヒーでお父さんとお母さんにも美味しくないと言われていましたが、1年がたつころ「うん、美味しいよ」と言われるようになったそうです。

その後、大坊珈琲店の大坊さんと話すことでコーヒーそのものを体現し、カフェ・ド・ランブルの関口さんの焙煎する姿やオールドコーヒーに魂を揺さぶられ、さらに自分のコーヒーを探し始めます。

焙煎の深さ。コーヒーを飲む人の時間、表情。コーヒーを通して、響さんのイメージしたもの。

そんなある日、お母さんの口から出た「お店やっちゃいなさいよ」の一言。

もともと自作の服で洋品店を営んでいたご両親は、お店の一角を開けてコーヒー店をやることになったのですが、行動力のあるお母さんが先に告知をしオープンまでの時間はなんと三日!

三日間で、ご両親は響くんがびっくりするくらいの手際で、店舗デザイン、照明、テーブル、ガス工事、塗装、コーヒー豆のパッケージまで作ってしまいました。

思いついたことは行動したらほんとうにできてしまうし、行動しなければできない。響くんはあらためて思います。

悩んで、迷って、もがきながら、自信や達成感を少しずつ得ていく、若き焙煎士とその家族。

コーヒーという杖。響くんと家族が見つけた生きていくための道具が、誰にでもあるはずだというメッセージとして、私は受け取りました。

参考:「コーヒーはぼくの杖〜発達障害の少年が家族と見つけた大切なもの」

著 岩野響・開人・久美子

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Taiami

  • title
    ハーブティークリームソーダ
  • date
    2022.09.12

     

デート前夜の女子は、忙しい。

普段は躊躇してしまう1枚300円のパックをしながら、とっておきのワンピースに似合う靴とアクセサリーを考える。帰り道に唐揚げ弁当としっかり目が合ったが、明日はデートだから、よくわからない横文字の葉っぱが入っているサラダを買った。

明日の朝、目が覚めて有村架純になっていたら歯を磨くだけで家を出るのだが、残念なことに私はただの一般女性Aさんでしかない。せめて自分史上最高の「かわいい」を叩き出すため、まるで戦いに挑むかのように、念入りに明日のシミュレーションをする。準備の時間を3時間と想定すると…起きるのは、朝6時。関ヶ原に向かう武士たちも、戦い前夜に思ったに違いない。大事な日だから早く寝たいのに、準備したいことがありすぎて全然寝れないじゃん!と。

新調したワンピースも、いつもよりラメが控えめなアイシャドウも、すべては自分の「かわいい」のためであることに違いはないのだが、できることならば、向かい合う彼からも「かわいい」の一言がほしい。

 

ただ、相手にばかり求めて期待するのは良くない、と幾多の恋愛コラムニストも、手相占い師も、流行りのJ-POPの歌詞でも口を揃えて言っていた気がする。

だからこそ努力し、自分の力で欲しいものを勝ち取りたい。気分はすっかり一国の軍師だが、軍師を名乗るには、圧倒的に相手へのリサーチが足りない。

気付けばもう長い時間一緒にいるが、彼が「かわいい」と言っていたのはカワウソぐらいな気がする。カワウソより私のほうがよく笑うし、ご飯作れるし、まつ毛上がってるし、髪はふわふわなのに!とあまりに不毛な感情を抱いてしまった点は冷静さに欠けていたと思う。軍師たるもの、負けた戦から次の戦の勝機を見い出したいものだが、現時点ではカワウソになるくらいしか方法が見当たらない。

無論、こちらも好んで戦いを挑んでいる訳ではない。たった一言、「かわいい」と褒めるだけで、その日1日は誰よりもご機嫌だし、山盛りの洗い物もするし、寿命間近の電球も7個くらい余裕で替えてやるというのに、彼はなかなか降伏しない。なので今日も、3時間かけて最強の「かわいい」を武装して、何食わぬ顔で待ち合わせ場所のカフェに向かう。

 

もう夏も終わるから、と駆け込みで頼んだハーブティークリームソーダは、可愛い見た目とは裏腹に、ハーブの爽やかな香りとすっきりした味わいが新しくて、ちょっとだけ、クセがあった。まんまると綺麗に盛られたバニラアイスが少しずつ溶けて、すっきりとした夏らしい味がまろやかに変化する。爽やかなだけじゃないし、甘いだけじゃない。初めは少しびっくりしたクセに、気づけばどんどん惹かれていく。飲み終わる頃には、次の夏も絶対飲もうと、まんまと思ってしまっていた。

クリームソーダに添えられた昔懐かしいチェリーは、今日のために買ったリップと同じ、かわいらしい赤色をしている。青とむらさきのソーダと、まあるいバニラアイスと、鮮やかな赤色のチェリー。そのあまりにかわいらしくきらきらした姿に、うっとりと目を奪われてしまう。

  

ふと、「かわいいね」と向かい合う彼が言った。

きらきらと輝くクリームソーダに対して言ったであろう一言が、陽の光で透けた青色のソーダを通して私に届く。

爽やかで、すっきりしていて、ちょっとだけクセがある。時々あまくて、とびきりきらきら。まるで、一筋縄ではいかない理想の女の子のよう。

今日のところは潔く負けを認めて、次回の戦いに備えよう。「かわいい」の一言をめぐるこの戦いは、きっと来年の夏には私に軍配が上がり、意気揚々と切れかけの電球を替えているに違いない。

 

ゆっくりと、バニラアイスが溶けていく。

ソーダと完全に混ざり合う頃には、他愛もない話に夢中になっていて、アイスが溶けていることにも、3時間かけた武装がすっかり剥がれていることにも気付いていない。

  

あまりにも分の悪いこの戦いが、これからもどうか、末永く続きますように。そう願う一国の軍師は、きっと性懲りも無く、次のデートでも朝6時に起きてしまうのだろう。

BBC staff 渋川

  • title
    アポロ13号
  • date
    2022.09.05

少しずつ、夜は涼しくなってきました。

今年の十五夜は9月10日、もうすぐですね。

ということで、月とコーヒーが出てくるアポロ13号のエピソードを一つ。

1970年4月13日、アメリカ合衆国、三度目の有人月飛行。

月面着陸を目指していたアポロ13号の酸素タンクに突然破裂が生じました。

事故によりミッション中止を余儀なくされたアポロ13号ですが、宇宙の旅は危機的事態。飛行士たちは深刻な電力と水不足に見舞われました。

少しでも長くエネルギーを保って無事地球に戻るため、電気は切られ、船内は氷点下近くに。

ヒューストンのすべてのスタッフとアポロ13号の乗組員は、可能な限りの手を打ちました。

乗組員が、極度の寒さと不安で戦う中、ヒューストンからは繰り返し、次のようなメッセージが送られたそうです。

「こちらヒューストン。がんばれ乗組員の諸君! 

君たちは今、熱いコーヒーへの道を歩いているのだ!」

結果、 数多くの危機的状況を乗り越え、乗組員全員が無事地球に帰ってくることができました。

全員が帰還できたこの対応の鮮やかさに、

「成功した失敗 (“successful failure”)」「栄光ある失敗」と称えられたそうです。

地球から遠く離れた宇宙の緊急事態という、おそらくこれ以上ない非日常。

コーヒーのある日常までもう少しだというメッセージは、乗組員たちの心を励ましたことでしょう。

コーヒーはいつでも平穏な日常の象徴ですね。

アポロが目指した月を眺めながら、今年の十五夜はお団子とコーヒーで過ごしてみてはいかがでしょうか?

参考:全日本コーヒー協会

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chai