Coffee Column
ブラウンブックスカフェのコーヒーにまつわる日々のコラム

Yoko Hoshikawa
ブラウンブックスカフェ/ブラウンブックスヴィンテージ店主。
コーヒーとHip Hop を愛する2児の母。札幌在住。
Chihiro Taiami
妖怪が大好きな円山店時代の元スタッフ。
4人の子供の育児の合間に当店のコラムを担当している。道南在住。
  • title
    パイナップルとジャスミンのケーキと、白ワイン
  • date
    2022.08.24

      

自他共に認める、単純な女である。

前世でどんな悪事を働いていたのか知らないが、お腹が減ると人の顔がハンバーガーに見える呪いにかかっているし、眠い時に話しかけられても、それっぽい相槌を打つ技術を磨きすぎた結果、実際は清々しいほどに何一つ聞いていない。

削られに削られたHPは、ご飯を食べるとみるみる回復し、眠るとさらに回復する。まるでRPGのプレイヤーのよう。さすがにドラゴンは倒せないが、パワーチャージを済ませた私は、村娘の困り事くらいなら解決できるかもしない。

     

単純な女の1日は、それはもう慌ただしいものである。

アイラインが上手く引けたらそれだけで良い日だし、ついでにまつ毛も綺麗に上がったら、まるで城下町に降り立ったお姫様かのような気分で街を闊歩する。新品のストッキングが伝線したらその1日は決まって何をやってもダメな日だし、見誤ってささくれをむきすぎた日なんて、もう最悪なのである。

単純故に、なかなかの頻度で人生史上最悪な1日を更新している気がするが、今日は一段とひどかった。朝ご飯の目玉焼きは焼きすぎてパサパサしていたし、いつになく蒸し暑いし、なぜか先月の電気代がめちゃくちゃ高かったし、欲しかったリップは狙っていた色だけが売り切れていた。あ、口内炎できてる。

    

何をやってもうまくいかない1日。人生のテーマは、自分の機嫌は自分で取る。こんな日は、好きなものだけに囲まれて、とことん自分を甘やかすしかない。

例えば、ホームアローンとコーラ。白いケーブルニットとタータンチェックのスカート、キンキンに冷えたビールと、坦々麺。

私を回復させる最強の組み合わせたちに、突然の新規参入である。

      

パイナップルとジャスミンのケーキと、白ワイン。

パイナップルとジャスミン。どうすればこんな、響きだけで心躍る組み合わせが思いつくのだろう。センスのない私には到底無理だ、と無意識に卑下してしまう。最悪な1日を過ごす今の私は、案の定ネガティブになっているし、周りの人の顔がハンバーガーに見えている。

パイナップルとジャスミンだけでも十分心躍る組み合わせなのだが、今日は何をやってもダメな1日。自分の機嫌を回復させるにはまだ足りないので、絶対に回復したい日の、白ワイン。

しっとりした硬めの生地はほんのすこし温まっていて、中にゴロゴロと入っているパイナップルの冷たさとの違いが楽しい。パイナップルの夏らしい爽やかさな甘みと、ジャスミンの高貴な香りが口いっぱいに広がる。

はちみつを上からかけて、まあるく添えられたレアチーズクリームを丁寧にケーキにのせて、一口。途端に贅沢な一品になる。誰にも渡さず、ワンホール抱えて食べられるくらい美味しいけれど、無くなってしまうのを惜しみながら、じっくりと上品に食べたいケーキ。

     

ケーキにはブラックのコーヒー。私の中で凝り固まっていた概念をいとも容易く覆したのが、パイナップルとジャスミンのケーキと、白ワイン。

背の高いワイングラスでワインを飲む、というだけで貴族になった気分を味わえるのは、単純故の特権なのか。いや、全員そうだと信じたい。タクシー移動がお決まりのロングヘアーが素敵な綺麗なお姉さんだって、アジェンダがあれでこれがエビデンスで、と難しい言葉を使いこなしているサラリーマンのおじさまだって、香り高いジャスミンと、フルーティーで爽やかな白ワインの前では、きっとどこか遠くの王国で大事に育てられているお姫様になってしまう…と、勝手に思っている。

史上最悪な1日、は撤回しよう。目玉焼きは固くても美味しかったし、異様に高かった電気代は節約すればいいし、売り切れていた色と似た色のリップを、5本くらい持っていた気がする。新しくできた口内炎は、3日も経てば治るだろう。

      

上機嫌なお姫様は、1LDKの殺風景な城に帰る。その足取りは、あまりにも軽い。

BBC staff 渋川

  • title
    アイリッシュコーヒーとガトーショコラ
  • date
    2022.08.21

 

「最近どうなの?」

待ちに待った、旧友との再会。お決まりの問いかけから始まり、20代女性のテンプレートのような会話で盛り上がる。あの子が結婚したらしいよとか、子どもは何歳までに欲しいとか、転職しようかな、あ~いつか専業主婦になりたい、え?絶対共働きのほうがいいよ、とかなんとか。

今日はお酒飲もうかな、と最近お気に入りのアイリッシュコーヒーとガトーショコラを頼んで、「私達も大人になったね」と笑い合う。

サッカー部のあの先輩がかっこいい、と目を輝かせながら何時間も盛り上がっていた学生時代から時は流れ、気づけば保険がどうだとか、投資がどうだとか。

    

テーブルには、アイリッシュコーヒーとガトーショコラ。

学生の頃、毎日飲んでいた紙パックのミルクティーは、いつからか飲まなくなった。成人したての頃、毎週のように行っていた2時間飲み放題980円のあの店は、今もあるんだろうか。

輝かしい青春時代の思い出を懐古しながら、グラスに口をつける。生クリームのなめらかな甘みと、深煎りのホットコーヒーの苦みが抜群の相性で、やっぱりこの組み合わせは間違いないよな、と心で頷く。

アイリッシュウィスキーの芳醇な香りが鼻から抜けると、どこか特別で重厚な非日常感を感じて、だらしない背筋が思わず伸びる。

しっとりとした食べ応えのある濃厚なガトーショコラを、少しずつフォークで取りながら、一口ずつ大事に、ゆっくりと味わう。コーヒーとチョコレートが合うのだから、アイリッシュコーヒーとガトーショコラが合わないわけがない。やっぱりこの組み合わせで大正解だった、と思わず自分を褒め称える。

よかった、私はちゃんと大人になれている。ちょっとだけ、今日は背筋が伸びている気もするし。

    

向かい合う友人が、慣れた所作で嗜んでいたワインをテーブルに置き、口を開く。

「ねえ、久々に今度、あの店行こうよ。」

ほらあの、2時間980円飲み放題の、うっすいレモンサワーの店。と続けた友人の顔は、先生に怒られていたあの頃と変わらない、いたずらっ子のような笑顔。得意げにワインを嗜む姿は、あの頃から見違えて上品だと思っていたのに。

そんな友人を見て、そういえば私は昔から猫背だったな、と伸ばしていた背筋から自然と力が抜ける。

本当は保険がどうとか投資がどうとか、なんにもわかっちゃいない。見よう見まねで大人のふりをしながら、中身は紙パックのミルクティー片手にサッカー部の先輩の話ではしゃいでいた、あの頃のまま。

「いいよ、飲み放題が1000円以上に値上げしてたら、行かないけどね。」

最後の一口を楽しみながら、またすぐ会えますように、と願う。大人になったね、なんて言っていたのに、最後は「お互い何も変わらないね」と笑い合う。

   

これからもきっと変わらない、ほんの少し背伸びしたい日の、アイリッシュコーヒーとガトーショコラ。

BBC staff 渋川

  • title
    チキンライス
  • date
    2022.08.16

   

何歳になっても、心躍るものがある。

散歩中にたまたま見つけた駄菓子屋さんや、あえて歩道橋を選んだ夜の帰り道。ちょっと遠出した日に出会った、海沿いの道を歩くネコ。

いつもの1日が、いつもよりちょっと良い日に変わる瞬間。10年後も覚えているような劇的な日ではないけれど、今日は私が主人公なのかも、と心が躍る。

ただ、いかんせん食べることが大好きなので、結局は「特大パフェ」とか、「食べ放題」の文字で簡単に心が躍ってしまうけれど。

   

食べることが大好き、ということを差し引いても、何歳になっても私の中で燦然と輝き、心躍らされるのが「お子様ランチ」である。

「お子様」だった頃から心はほとんど成長できていないというのに、気づけば見た目だけ大人になってしまった。「お子様ランチ」という名前に門前払いをくらい、食べたくても食べられない。何歳になっても、チキンライスに刺さっている旗がうれしいのに。

  

Brown Books Cafeには、「大人様ランチ」と称した、チキンライスがある。

綺麗な山を描いて盛られた、どこか昔懐かしい味のチキンライスのてっぺんには、もちろん旗が刺さっている。となりには、優しい甘味のゆでたまごと、しっかり焼いた、食感の楽しいウィンナー。お子様ランチよりシンプルに、じっくり味わって食べる、これぞBBCの「大人様ランチ」。

……なんてかっこつけても、やっぱりこの旗を前にすると、どうしようもなく心が躍って、まだ背丈の小さかったあの頃に戻ってしまう。

子どもの頃に食べていたチキンライスよりうんと素敵で美味しいけれど、母が作ってくれたチキンライスも久々に食べたいな、なんて思いながら。

 

ぜひ、一人一人の思い出と共に、ゆっくりとお時間のあるときに。

BBC staff 渋川

  • title
    想像力は刺激されねばならないのである
  • date
    2022.06.17

イタリアのアーティストでブルーノ・ムナーリという人がいます。

絵本作家、教育者、デザイナーなどさまざまな分野で活躍した人。

「子供の心を、一生ずっと自分の中に持ち続ける!」という精神で、好奇心や想像力の大切さ、そして幼い頃の遊びや記憶がその後の人生にどう影響するか、それが情報を与える周りの大人たちにかかっているのだということを発信しています。

ムナーリはたくさんの書籍や作品を残していますが、「保存されるべきはモノではない」と言います。

大切なのはむしろそのやり方、企画を立てる方法、再びやり直すことができるようになるための柔軟な経験値なのだと。

”好奇心を最大限に利用しよう。
子供は大人たちが何かをやり始めると、何をしているのか知りたがり、後で自分でもやってみたくなるもの。
子供にとって何か教えるには、これが最も近い道のりとなる。
多くの言葉もいらなければ、組み立てる必要もない。
子供はすでにそこにいて、何が起こるかワクワクしているんだから!”

これはきっと子供のためだけのメッセージではないですよね。

好きなことに没頭している人、楽しそうに何かをしている人がいれば、大人だって興味を惹かれるもの。

ワクワクすることは全ての原動力!

頭の中はいつも自由で、柔軟で、準備の整った状態に。

大人になった自分がほんのちょっとでも好きなもの、興味のあるものはなんだろう?

あまり詳しくないからなんて声を小さくする必要はありません。

コーヒーを片手に、ぜひその世界観を覗いてみてほしいアーティストです。

ちなみにムナーリ、子供の心を持ったまま九十歳と超長生きしました。

参考:「ファンタジア」著 ブルーノ・ムナーリ 訳 萱野有美

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chai


  • title
    人生で最高の一杯
  • date
    2022.06.05

当店で年に一度発行している珈琲文芸誌ブラウンブックで、一度だけ、お客様にコーヒーのエピソードを募集し特集を作ったことがあります。

第5号、テーマは「人生で最高の一杯」。

どれだけ集まるかドキドキしていたけれど、予想していたよりもたくさんの、それも素敵なエピソードが集まりました。

子供の頃、両親が淹れてくれたコーヒーの記憶。

小さい頃に行った喫茶店の話。

旅先で飲んだ異国のコーヒー。

飲む機会を失ったと思ったけれど奇跡的に飲むことができた一杯。

大切な人のために淹れる、または大切な人が淹れてくれる毎朝のコーヒー。

趣味のアウトドアで自然に囲まれて飲むコーヒー。

みなさん本当に文章もお上手で、集まったエピソードを読んで真っ先に、そして何より元気と幸せをもらったのはスタッフたちでした。

コーヒーは当たり前の日常の中にある。コーヒーを飲むという単調な行動の傍らには、それぞれの流れ続ける日々がある。いい日もあれば、なんて悪い日なんだろう!って日も。

人生を変えるほどでなくても、その日一日、その瞬間だけでも、何も考えずにただ美味しいと思っていただければ、コーヒーに携わる人たちはこんな嬉しいことはないでしょう。

私が初めてコーヒーを飲めるようになったのは、喫茶店で働き始めた時でした。

店長の、自分の店のコーヒーに対する絶対的な自信と、仕事に対する止まらない情熱が、初めてのコーヒーに付加価値を与えてくれました。

すべての開店準備を終えたら、練習のためにも自分のためにコーヒーを淹れる(淹れても”いい”だったかな)と言う約束がありました。ネルドリップの水をしぼり、サーバーに乗せて、挽きたての粉を入れ、細口のドリップポットから流れ出るお湯をゆっくり、集中して。開店前にひとりで淹れる朝のそのコーヒーが、私には最高の一杯でした。

これからまだまだ出会えるであろう最高の一杯。

ささやかな日常に愛のあるコーヒーを。

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chai