「ノッカー・アップ」という仕事をご存知でしょうか。
産業革命の頃、イングランドやアイルランドに存在していた職業で、目覚まし時計が普及する以前、朝早くに、人々が仕事に遅刻しないよう家々を回り、起こしていた”目覚まし屋さん”のことです。
頼まれた人の寝室の窓を棒でコツコツ叩いたり、起きるまで豆鉄砲を窓めがけてプッ!と飛ばして当てたり。この仕事は朝の早いおじいさん・おばあさんの割合が多かったようですが、早朝パトロールの警官が、収入の足しにやっていたりもしたそうです。
この仕事を知ったのは「メアリースミス」という絵本。表紙の、ほっぺを膨らまして豆鉄砲を吹く女性、メアリースミスは実在した人で、最後に写真も載っています。絵も写真も内容もとっても素敵な一冊ですが、私はこの仕事の内容にとても惹かれます。
仕事って本当にいろんなものがある。目覚まし時計が普及してこのノッカー・アップという仕事がなくなったように、人じゃなくてもできる仕事はこれからもどんどん増えていくデショウ。それでも、誰かが必要としていることに、直接的なやり方で応える仕事というのは、一番夢があると思う。
私はコーヒー屋で働いていた時、そんな気持ちを何度も味わいました。雪の季節になるとなおさら、そのお店を思い出さずにいられません。長靴を履いても埋まるくらいの雪かきもするし、毎朝ほぼ凍ったような店の開店準備も、今日はどんなお客さんが来てくれるかな、と思うと楽しいものでした。お客さんがコーヒーを美味しかったと言ってくれたり、お店にきて元気が出たとメモを残していってくれたこと、相手の気持ちが直接伝われば伝わるほど、自分の方が元気をもらいました。外の階段を通って注文されたカフェオレを届ける間、ミルクの泡の中に屋根から雪のかたまりがぽちゃんと落ちたこともありました。誰も来ない吹雪の日は、いつもの野良猫が通ってなんだか温かい気持ちになりました。
自分の心と相手の求めるものが直接に繋がった仕事というのは、一本の糸で結ばれた、ちょっと恥ずかしいけど、運命の仕事だと思うのです。
ノッカー・アップという、素朴で、人に必要とされている仕事にただただ優しい気持ちになり、雪の中のコーヒー屋での仕事を思い出しました。あの頃の自分も、豆鉄砲を飛ばして走り回っていたようなもんでした。道具はコーヒー豆で、あとは雪かきスコップややかんだったけれど。
「メアリースミス」
作・アンドレア・ユーレン 訳・千葉茂樹
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