Coffee Column
ブラウンブックスカフェのコーヒーにまつわる日々のコラム

Yoko Hoshikawa
ブラウンブックスカフェ/ブラウンブックスヴィンテージ店主。
コーヒーとHip Hop を愛する2児の母。札幌在住。
Chihiro Taiami
妖怪が大好きな円山店時代の元スタッフ。
4人の子供の育児の合間に当店のコラムを担当している。道南在住。

カテゴリー: coffee column

  • title
    カフェインの歴史と効能、あれこれ
  • date
    2021.11.12

コーヒーの代名詞とも言えるカフェイン。

カフェインは、植物に含まれる「アルカロイド」という苦み成分の一つです。

一八二〇年ごろ、ドイツの化学者ルンゲがコーヒー豆から取り出したことから、カフェという言葉を含むこの名前になりました。数年後には他の学者がお茶から同じ物質を取り出し、お茶由来であることからテインと名付けられましたが、のちにカフェインに統一されます。

もしルンゲがコーヒー豆から発見するのが少しでも遅かったら、カフェインという言葉は消え、テインの方になっていたかも!?

またルンゲにコーヒーの研究をすすめたのは、文豪ゲーテだったという逸話もあり、彼も大のコーヒー好きだったそうです。

カフェインには興奮作用があり、夜に飲むと眠れなくなるという人がいるのもこのためです。コーヒーの他にも前述したお茶(玉露、紅茶、煎茶、ウーロン茶、番茶)、ココア、コーラ、エナジードリンクなどさまざまな飲料に含まれています。意外にも群を抜いているのが玉露で、コーヒーの二倍以上の量が含まれています。

カフェインの覚醒と興奮の作用を最初にして最大に利用したのが、八世紀の末、メソポタミア地方にあらわれたイスラーム神秘主義のスーフィーと呼ばれる僧侶たちです。スーフィーという名は、もともと羊の毛を指すスーフから来ていると言われ、羊毛の白いマントを身にまとい、荒野で修行に励んでいました。

スーフィーたちにとって夜は神と一体となる神聖な時間。眠らないため、興奮するため、食欲を断つためにコーヒーを飲み、厳しい修行を続けました。コーヒーが世界に広まっていく最初の一ページです。

興奮作用のほかにも、疲労回復、脂肪燃焼、利尿、消化促進、気管支拡張などの作用があることがわかっており、糖尿病予防や、がん、メタボリック症候群なども、コーヒーの効果の研究がすすめられています。

ただし他の食品成分と同じように、過剰な取りすぎはよくありません。妊娠中や胃が荒れている時などは、適量にすることも大切です。

ちなみに浅煎りの豆と深煎りの豆ではどちらがカフェインが多いか? 焙煎の時の熱でカフェインは一部気化するので、焼いている時間の長い深煎りの方がカフェインは少なくなります。しかし気化した分、深煎りの豆の方が軽く、浅煎りの豆の方が重くなるので、実際に豆を計量してコーヒーを淹れる時には、浅煎りでも深煎りでもカフェインの量は変わらないことになります。

 

コーヒーの長い歴史の中では、十七世紀のイギリス、コーヒーハウス通いに夢中になる男性たちに対し、自由な入店が許されなかった女性たちから、こんな抗議が起こったこともありました。

「コーヒーを飲用すると男性の性欲が著しく低下する。全人類絶滅の危機!」

コーヒーにハマった男性たちが妻との時間を怠ってしまったのでしょうか。今のところ人類絶滅はまぬがれているようです。  

 

参考

「コーヒーが廻り世界史が回る」臼井隆一郎

「コーヒー「こつ」の科学」石脇智広

「コーヒーについてぼくと詩が語ること」小山伸二

「コーヒー学検定《上級》金沢大学編」

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chai

  • title
    向田邦子とコーヒー
  • date
    2021.11.03

向田邦子のエッセイの中でコーヒーの出てくるものをさがしていたら、パラパラとめくっているはずが、面白くて結局じっくり読んでしまいました。じっくりだけど、どんどん読めていってしまうのが不思議な、この作家の文章。

向田邦子は、テレビの脚本家、エッセイスト、小説家として活躍しました。飛行機事故で五十一歳で亡くなり、今年で四十年が経ちます。

爆笑問題の太田光が彼女の大ファンで、本を出しています。ラジオ番組で向田邦子の特集をした際の樹木希林のインタビューでは、スタッフが依頼の電話をすると、「向田邦子?話しても良いけど、悪口しか言わないわよ。それでも良いなら聞きにきなさい。ただし、向田を知らない若いスタッフじゃなくて、よく知ってる人をよこしなさい」と言われたとのこと。

それならばと太田光自ら話を聞きにいくと、樹木希林は「仲良くなかったから」「あの方は良い作家でもなんでもなかった」など、”悪口”と言いながら、全て、向田邦子を絶賛しているように聞こえたそうです。太田光が、子供のように憧れ、謙虚に、誉められたい、近づきたい気持ちが伝わる内容でした。

「父の詫び状」というエッセイ集は、昭和の家族の情景が生き生きと描かれています。あとがきで「これは誰に宛てるともつかぬ吞気な遺言状」と当時の自身の病気に触れていますが、その病気のことを母に悟られないため隠していたことを、「そのまま「母への詫び状」になってしまった」と書いています。

その後の「娘の詫び状」の中で、母に病気だったことを告白するシーンがあります。

   ”どうしても今日のうちに白状しておかなくてはならないことがあって、母をコーヒーに誘った。茶の間で喋ると辛気くさくなる。明るい喫茶店なら、私も事務的に切り出せるし、母も涙をこぼしたり取り乱すことなしに受け止めてくれると思ったからである。”

 ”手頃な店を見つけ、向かい合って坐った。七十一歳の母はコーヒー好きで、いつものように山盛り三杯の砂糖を入れ、親戚の噂などを上機嫌で話している。うわの空で相槌を打っているうちに、二人ともコーヒーを飲んでしまった。もう言うしかない。

「三年前のあれね、実は癌だったのよ」

一呼吸置いて、母はいつもの声でこう言った。

「そうだろうと思ってたよ」”

(向田邦子ベスト・エッセイ「娘の詫び状」より)  

 

喫茶店は一人で来る人もいれば二人で来る人もいます。もっと大人数の場合もあるけれど、コーヒーを間に置いて、人と人が向かい合う。この光景はやはり喫茶店やコーヒーが一番腕の見せ所というか、力を発揮できる立ち位置のような気がします。  

「一杯のコーヒーから」というエッセイでは、若い頃の向田邦子が、喫茶店で、初めてテレビの脚本を書く話をもらった場面のことが書いてあります。

   ”時間が半端だったせいか、明るい店内はほとんど客がいません。新製品なんでしょう、嫌に分厚くて重たいプラスチックのコーヒーカップは、半透明の白地にオレンジ色の花が描いてありました。置くとき、ガチンと音がしました。コーヒーは、薄い、今で言うアメリカンだったと思います。”

(向田邦子ベスト・エッセイ「一杯のコーヒーから」)

 

いざ仕事を始め、本人いわく、最初はお小遣い稼ぎのつもりで書いていたという台本は、オンエアが終わると捨てていたそうです。どんなものを何本書いたかも記憶にない中で、「覚えているのは、あの日、プラスチックのカップで飲んだ薄いコーヒーの味ぐらいだった」そうです。コーヒーの味は薄く、カップは分厚く重い。

最後に「手袋をさがす」というエッセイ。これにはコーヒーは出てきません。

二十二歳の頃、ひと冬を手袋なしですごしたこと。なかなか気に入った手袋が見つからず、妥協するのも嫌で、かといって惨めったらしく見られるのも嫌で「わざとこうやっている」ふうに颯爽と歩いていた。でも、手袋のない手は、ほんとはいつもカサカサに乾き、冷たくかじかんでいた。まわりは始め冗談だと呆れていたけれど、そのうち母にも本気で叱られ、本人はそのことでさらに意地が出てきます。

このエッセイでは向田邦子が、とことん目をそらさずに自分を見つめて、叱って、最後は抱きしめてあげているような気がします。自分の嫌なところをいっぱい書いて、書き切って、そんなところを愛してあげようと決めた。

色んな人からの愛のある助言を受け、それを素直に「ハイ」と言えない自分へのもどかしさ。しかしそれが自分の気性でもあり、生ぬるい反省をしたふりをするくらいなら「その枝ぶりが、あまり上等の美しい枝ぶりといえなくとも、人はその枝ぶりを活かして、それなりに生きてゆくほうが本当なのではないか」。

手袋をせずにすごした二十二歳のひと冬から、四十代になった向田邦子は、年と共に勢いだけでは動けなくなった体や、経験からくる用心深さに苛立ちながらも、自身が今ももつたったひとつの財産は、いまだに「手袋をさがしている」ということだと言います。「この頃、私は、この年で、まだ、合う手袋がなく、キョロキョロして、上を見たりまわりを見たりしながら、運命の神様になるべくゴマをすらず、少しばかりけんか腰で、もう少し、欲しいものをさがして歩く、人生のバタ屋のような生き方を、少し誇りにも思っているのです。」

誰にでも、どんなものにでも、優しいところを見つけてくれる、向田邦子のエッセイの中で、この話は、今まで彼女が、自分を厳しく見つめてきたのが伝わります。

本当は何をさがしていたのだろう。見つかることが幸せなのかはわかりません。

でも、自分が手袋をさがしていることに気づいている人は、少ないのかも知れません。

 

参考

「父の詫び状」向田邦子

「向田邦子ベスト・エッセイ」向田邦子

「向田邦子の陽射し」太田光

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chai

  • title
    コーヒーはどうやって選ぶ?
  • date
    2021.10.20

豆を選ぶときや、お店でコーヒーを飲むとき。

コーヒーは香りの飲み物と言われていますが、茶色い豆になる前の、生豆の段階では味も匂いもありません。焙煎という、熱を加える段階を経て、ようやくあの脳みそを刺激する香ばしい香りが出てきます。

生豆にどの程度熱を加えるかによって、コーヒー豆の色や味も変わります。加熱の程度を表す目安として、日本では浅煎りから順にライトロースト、シナモンロースト、ミディアムロースト、ハイロースト、シティロースト、フルシティロースト、フレンチロースト、イタリアンローストと区別されます。

焙煎の時間が長くなるほど深煎りになっていき、色は黒く、味は酸味が弱まり苦みが強くなっていきます。なので、苦みの度合いで豆を選ぶ時は、この「焙煎度」が目安になります。

ただローストの呼び方は、そのお店の焙煎士が豆の色を見て「これだ!!」と決めているので、あるお店のシティローストが、別のお店のフレンチローストよりも深煎りということもあります。

またローストだけでなく使う粉の量や、豆の挽き方、器具、お湯の温度などでも、濃い・スッキリなど変わります。

それでは産地によってはどんな違いがあるのでしょう?

例えばブラジルは300年のコーヒー栽培の歴史をもち、世界でトップのコーヒー生産・輸出国です。品種も高品質のものから、病害に強いものまで幅広くあります。多少の苦味と香りが特徴で、丸みをもった味は、よくブレンドのベースとして使われます。

コロンビアは、ほとんどが標高1000メートル以上の山の急斜面で栽培されており、小規模農園ながらも、他のコーヒー生産国のモデル国です。マイルドですっきりした飲み口、適度な酸味があり、風味はチョコレートやフルーツティに例えられます。

グアテマラは火山が多く、有機質に恵まれた火山灰土壌や、水質豊富なカルデラ湖が多くあり、世界のコーヒー栽培の宝庫と言われています。場所によって少しずつ違った風味があり、特に酸味は上品ですっきりしているものから、厳しいまでに力強いものまであります。スモーキー、スパイシー、花の香り、時にはチョコレートの香りなどのニュアンスに例えられるものもあります。

コロンビア、グアテマラもともに300年近い栽培歴史を持ちます。

産地は国の名前だけでなく、港(例・モカ)や山(例・キリマンジャロ、アンデス)などの名前がついているものもあります。ロースト、産地、どちらも豆の名前に使われていることが多いので、参考にしてみてくださいね!

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chai

  • title
    ちっちゃな親友
  • date
    2021.10.14

喫茶店で働いていた時、出会った女の子がいます。

小さな店だったので、カフェ業務とコーヒー豆の販売を、平日はだいたいひとりでやっていました。一対一で接客をしていると、自然とお客さんとも距離が近くなり、私がブログに書いた本を自分も好きなんだよ、と声をかけてくださったり、話が弾みました。

小さな常連さんも何人かいて、初めてのおつかいで、頼まれたコーヒー豆を買いにきてくれた男の子もいました。男の子越しに、窓の外でお母さんがこちらに会釈してくれた光景は、今も残っています。

その女の子はおばあちゃんと一緒にやってきました。膝小僧には大きな絆創膏。年齢のわりに小柄で、ショートカットの、日に焼けた可愛いらしい顔をしていて、いたずらっぽいけど賢そうな目をクルクルさせて、大人のことなんてお見通しといった感じでした。アイスココアを飲んで足をぶらぶらさせていました。その日はおばあちゃんの陰に隠れてあまり話さず帰りました。

次に来た時、こっそり集めているシールを見せてくれました。だんだん、遊ぼう、と言ってお客さんのいない時に店の前のお花を摘んだり、お昼休みに、二人でフリスビーをやったりしました。雪かきを手伝ってくれたり、泥だんごを作ったり。冬休みの自由研究で作った羊毛のアイスクリームをお店に飾ってくれたこともありました。私の貧しいお弁当を見て、海苔で小さな顔をつけたおにぎりを作ってきてくれたこともありました。とても可愛いという感覚もあったけど、それ以上に、歳の差は関係なく私たちはきっと波長があいました。

だけどだんだん、私は仕事とその子との時間の境目が難しくなってしまいました。今は仕事中だから遊べないんだよ、とはっきり言えなかった。やんわり伝えると、その子は少し考えて「じゃあ忙しくてもお話ができるようにお手紙ポストを作ろう!」と、翌日ミッキーのお菓子の箱に差し出し口を切り抜いて、ポストを作ってきてくれました。その後も、お仕事があるから今はごめんね、売り上げ作らなきゃ!と言うと、「じゃあお客さん連れてくるね!」と、本当に引っ張ってきてくれることもありました。

その時、その子はきっと寂しかった。優しくしてくれる人を、ほっとできる居場所を探していた。誰かに喜んでほしくて一生懸命だった。

その後私は店をやめ、住む場所も変わりましたが、その子とは、おばあちゃんを通じてたまに連絡をとっていました。高校生になり、自分でスマホをもつようになると、好きな人の話や、自分の好きなことの話を教えてくれるようになりました。そしてこの夏、9年ぶりに、その子とおばあちゃんが訪ねてきてくれることになりました。おばあちゃんのおしりの陰から顔を出していたその子が、今度はおばあちゃんを連れて遊びに来てくれました。改札から出てきた19歳の彼女は、すっかりおしゃれなお姉さんになっていて、芯のある眼差しはあの頃のままでした。

今は専門学校へ通い、好きな絵やデザインの勉強をしています。夢に向かって悩むことも、今を一緒に楽しむ仲間や恋人も、若さというたくさんの宝物を抱えています。

当時10歳くらいのその子が、私が何か悩みをぽつりと言った時にかけてくれた言葉が日記にメモしてあります。

「先が見えてるっていうのはほんとに目に見えてるっていう意味じゃなくてね、きっとどこかで神様が合わせてくれてるっていう意味だから、全てにおいて、ちっちは正しい道を歩めるようにどこかで見えてるっていうことなんだ」

こんなに相手を思いやったまっすぐな言葉を、どうやったら言えるんだろう。悩んだり迷ったりした時、何度もこの言葉に助けられています。彼女は当時も今も、私の親友です。

業務用のコーヒーミルからこぼれた、コーヒー粉の匂いが充満するお店の中でパタパタと働いていた時、重いガラスの引き戸を開けて、飛び込んできたあのキラキラの笑顔をなくして、未熟な喫茶店員の回想はありません。

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chai

  • title
    美味しいコーヒーを飲み続けるために
  • date
    2021.09.30

サステイナブルとかSDGsとかよく耳にするようになりました。カタカナの言葉はわかりづらいけれど、好きなものと関連させるなら少しわかるかもしれない。そこで、コーヒーでいう「サステイナブルコーヒー」とはどんなものなのかを知っていきたい思います。

サステイナブルは、「持続可能な」という意味。

持続可能なコーヒー、とは?

熱帯植物であるコーヒーの木は、赤道近くの暖かい地域で育ちます。干ばつや霜など気候に大きく左右され、安定した生産が難しい作物です。近ごろの地球の気候変動により、サビ病などの対応もとても大変です。コーヒーの実を収穫する段階では、特に人手とコストがかかりますし、コーヒーチェリーという赤い果実から、種子を取り出し生豆に加工する段階では、たくさんの水や、エネルギーを使います。さらに、コーヒーチェリーから取り除かれた果皮などの廃棄物、精選で使った排水や、粘質を取るために使った汚染水が出るので、生産者たちは、コーヒーの木を育てるだけでなく、自然を守るために、汚染水の浄化や、使う水の量を減らすなどの努力もしています。

このようにコーヒーの木を植え、育て、収穫し、精選の過程までを担うのが、生産地である開発途上国。焙煎し、主に消費するのが、先進国です。コーヒーは作る場所と飲む場所が遠く離れているため、私たちはあまり生産地のことをイメージすることができません。同じように生産地の方でも、収穫したコーヒーにどのような価値がつき、飲まれ方をしているのかわからない場合も多いそうです。

「持続可能なコーヒー」に話を戻します。

コーヒーに関わるみんなにとって、どういう形が喜びといえるのか。例として

消費者が美味しいコーヒーを飲み続けられる。コーヒーのある時間を楽しめる。

生産者が誇りを持ってコーヒーを作り続けられる。社会保障が充実したり、安心して生活をすることができる。

コーヒーを栽培したり、飲んだりすることで、自然を壊さないよう、動物や植物と共生し続けていくことができる。

次の世代の人たちが、今と変わらず美味しいコーヒーを飲み続けることができる。

SDGs( Sustainable Development Goals)は、それを続けていくための目標を定めたものですが、立場の違う人や、自然の生き物たちと、どこで折り合いをつけるかという、いわば妥協点です。

カップ一杯のコーヒーにどれくらいエネルギーや手間暇がかかっているのか。生産者はそれに見合った報酬を受け取れているのか。そのコーヒーの価値や背景を知らなければ、安さやパッケージでしか、コーヒーを選ぶ基準はなくなってしまいます。私たちがそのような基準で選び続けていると、その需要に応え、生産地でも品質より低価格で大量に生産できるコーヒーを作ることになります。あまりに得られる収入が少ないと、他の作物に転作するなど、コーヒー農園をやめてしまう場合もあります。

農園の中には、渡り鳥や虫など、自然との共生を考えたり、子供たちや女性の勉強の機会を大切にしているところもあります。アヘンの元であるケシの栽培をしていた生産者を立て直すため、国が主体となったプロジェクトで、コーヒー栽培に転作した農園もあります。色々な農園を知るのは面白いです。さまざまな農園が信念を持ち、行動を続けていくことは、とても大変で、同時にやり甲斐のあることなのではないかな、と思います。生産者と消費者、お互いのことを知るのも第一歩ではないでしょうか。

私たちが美味しいコーヒーを次の世代まで届け、飲み続けるためにできること。

10月1日はコーヒーの日です。まずは目の前のコーヒーを美味しい!と一息。その次に、これからのコーヒーのことを少し考えてみるのもいいかもしれません。

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