おとなりの家に三匹の子猫たちがやってきたのは去年の秋だった。もうけっこう寒い季節。時には三匹並んで、時にはお互いの顔をぎゅうぎゅうにくっつけ窓のそばで押し合いへし合い場所取りをしてる姿は、あまりにも可愛いく、声をかけたくなる。
「おーいおはよー。何してんのー」たまに、かける。
猫たちがその家にきた時、娘を連れて初めて遊びに行った。娘は猫を追っかけ、私はコーヒーをいただいた。ぶんぶんぶるるん。
窓から見える、我が家とほんの少しだけ違う景色を不思議に心地良く感じながら。
コーヒーおいしいなぁ。柔らかい空気に包まれた空間で、神様か何かにこの場所に住んだことを感謝した。
「おとなりさんはコーヒーを淹れるのがうまい」
それにあらためて気がついたのは三日後くらい。ふと何かをしていた時に思い出した。いや、めちゃめちゃおいしかったぞ!!!と。
豆から挽いたコーヒーはとても香りが良かった。でもあのコーヒーの美味しさは…温度だ。最初に飲んだ時の口にあたった温度が絶妙だった。数日後にふと思い出すんだもの。そんなコーヒーを淹れられる?
あの時「おいしい」と言ったら、おとなりさんは「人が入れてくれた飲み物って水でもおいしく感じるのよ」と笑っていた。
子供が大きくなってから専門学校に通い、お菓子のお店を開いたというおとなりさん。
「何歳からだってできるのよ。私ができたんだから」と優しく笑ってくれる、人生の航路の先輩でもある。
それ以来、自分も沸騰したお湯を少し置いて、ちゃんと温度を調節してから淹れるようにした。
うん、やっぱりおいしい。
豆からひく。お湯の温度を少し下げる。ほんの少しの時間、ほんの少しの手間で全然違う。おいしいコーヒーの先生は、こんな日常の半径10メートル以内にいてくれた。
猫たちは、今日も変わらずムニムニとお互いの顔をくっつけて、網戸越しの外の世界を見つめている。君たちがそんないいかほりに包まれてムニムニしているのは、幸せなことなんだよ。
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Chihiro Taiami