結婚して義実家に行き始めた頃、心細い私を助けてくれたのはコーヒーでした。
といっても、とても優しい義父母ですが、どこに座っていいのかもわからないような未熟者だったので、こんな嫁にあちらの方が困惑されたかもしれません。
ヘラヘラしながらよくわからない返事をし、出してもらったご飯をよく食べるというところだけは褒められ、食後の茶碗洗いはやらなくていいと言うのを真に受けていいのか、やったほうがいいのかわからず、結局中途半端にやったりやらなかったり。食べすぎたお腹をさすってたまにこっそりゲップをしながら、不自然にテレビの方を向いてるようなありさまでした。
そんな時、コーヒーメーカーからコポコポと音がしていい香りが漂ってきて、すごく心が和んだのを覚えています。救いを求めるようにお湯がぽたぽた落ちるのをずっと眺めていました。
私がコーヒーを好きだということを知り、今では家に着く前に淹れておいてくれ、居間に入るとすぐにいいにおいが漂ってきます。「◯◯ちゃんは本当にコーヒーが好きだよなぁ」という義父の言葉は、なんだか嬉しくて、やっぱりヘラヘラしてしまいます。
嫁に来て十年近く経ち、子供が産まれても頼りない。でも十年たってみると、自分の育った環境で当たり前だと思っていたものが当たり前じゃないこと、正しい、正しくないだけではないいろんな考え方があることがわかってきました。
初めのうちは戸惑うこともありましたが、今は、これは義実家の方が素敵だな、と思うところもたくさんあります。もちろんあらためて自分を育ててくれた家族のいいところも、ちょっと独特だったんだなというところも。
なんて悟ったように言いましたが、どっちもありがたさが身に沁みることもあれば、うまくいかずに落ち込んだり、コンチクショーと思うこともあります。煩悩だらけの人間で、全てを受け入れて菩薩のような心でい続けるのはむずかしい。
実家でも義実家でも、いただくコーヒーにはそれぞれの美味しさがある。もともと少ない毛がさらに薄くなったじいちゃん達、目尻が下がって優しい顔になったばあちゃん達と、飲みながら他愛ない話をする時、コーヒーが、みんな元気なうちに孝行しろよと言っているようです。
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taiami