当店で年に一度発行している珈琲文芸誌ブラウンブックで、一度だけ、お客様にコーヒーのエピソードを募集し特集を作ったことがあります。
第5号、テーマは「人生で最高の一杯」。
どれだけ集まるかドキドキしていたけれど、予想していたよりもたくさんの、それも素敵なエピソードが集まりました。
子供の頃、両親が淹れてくれたコーヒーの記憶。
小さい頃に行った喫茶店の話。
旅先で飲んだ異国のコーヒー。
飲む機会を失ったと思ったけれど奇跡的に飲むことができた一杯。
大切な人のために淹れる、または大切な人が淹れてくれる毎朝のコーヒー。
趣味のアウトドアで自然に囲まれて飲むコーヒー。
みなさん本当に文章もお上手で、集まったエピソードを読んで真っ先に、そして何より元気と幸せをもらったのはスタッフたちでした。
コーヒーは当たり前の日常の中にある。コーヒーを飲むという単調な行動の傍らには、それぞれの流れ続ける日々がある。いい日もあれば、なんて悪い日なんだろう!って日も。
人生を変えるほどでなくても、その日一日、その瞬間だけでも、何も考えずにただ美味しいと思っていただければ、コーヒーに携わる人たちはこんな嬉しいことはないでしょう。
私が初めてコーヒーを飲めるようになったのは、喫茶店で働き始めた時でした。
店長の、自分の店のコーヒーに対する絶対的な自信と、仕事に対する止まらない情熱が、初めてのコーヒーに付加価値を与えてくれました。
すべての開店準備を終えたら、練習のためにも自分のためにコーヒーを淹れる(淹れても”いい”だったかな)と言う約束がありました。ネルドリップの水をしぼり、サーバーに乗せて、挽きたての粉を入れ、細口のドリップポットから流れ出るお湯をゆっくり、集中して。開店前にひとりで淹れる朝のそのコーヒーが、私には最高の一杯でした。
これからまだまだ出会えるであろう最高の一杯。
ささやかな日常に愛のあるコーヒーを。
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chai