Brown Pagecoffee column
毎年10月1日コーヒーの日、一冊の本 Brown Bookとして発行する、日々のコーヒーコラム。

カテゴリー: coffee column

久々に喫茶店にいきました。

運河のある街の老舗の喫茶店。

階段を登って2階へあがり、窓際の席に座るとアーケードをゆく人の往来が見えました。

注文して、まずきたのはアイスクリーム。冷えて白くなったガラスの器に盛られた、アイスクリームのあまりの美味しさにびっくりしてしまいました。バニラなのですが、すっきりしていてレモンのような爽やかな甘さ。シンプルなのに意表をつかれた。本当に美味しかったです。

そのあとにきたコーヒー。

華奢なカップからいい香り。湯気が脳みそまで届きそう。横に置かれたコーヒーシュガーの色がなんとも良いのです。古びた調度品もポスターもコーヒーの味をひきたててくれます。時間を経た、物や店や街にしか出せない良さ。その風景は、重ねてきた、というより時間が経ち淘汰され残った本当のもの、という感じがしました。

ああ喫茶店で過ごす時間はいいなぁ。

ただ、それだけの気持ちを味わいにいくという贅沢でした。

以前、仕事仲間と本物とは何か?ということを話し合ったことがありました。

そのきっかけとなったのは、世界を旅するプロのカメラマンが、お店のイベントに来てくれた時のことです。終始おちゃらけみんなを楽しませながら写真を撮っていたカメラマン。最後に記念にと、私のカメラで一緒に撮ってもらったのですが、あとで見てみると、あんなにおちゃらけていたのに、その人は少しも笑っていませんでした。怖いくらい笑っていませんでした。でも写真に写ったその人の目の奥に、なぜだか本物を感じたのです。

本物のすごい人はすごそうに見えない。すごそうにしない。何もしてないのに滲み出るのが本物のすごい人だ。「本物のすごい人」という言い方は稚拙だけど、その時は興奮してそう語りあいました。

ある雑誌にタモリのこんな言葉が載っていました。

「ジャズというジャンルはない。ジャズな人がいるだけだ」

「ジャズをやっている人で、ジャズでない人がいる」

「音楽やんなくてもジャズな人がいる」

※2015年、SWITCH vol.33 No.5ジャズタモリ

本物が何か、まだはっきりとした答えは見つけていないけど、大事なことにはうそをつかないで、やりたいようにやっていこう。

ジャズでも、コーヒーでも、その日一日を過ごすことでも、自分の表現したいもので。

chai

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  • title
    飲みそこねたコーヒー
  • date
    2021年08月05日
  • category
    coffee column

ヤン・オーレ・ゲルスター監督の「コーヒーをめぐる冒険」という映画は、ある朝恋人の家でコーヒーを飲みそこねた青年ニコが、その日一日様々な人に出会いながらも、ことごとくコーヒーを飲めないというお話。モノクロの映像に、淡々とした時間の流れを感じます。

映画を観ながらついつい一人で「人がよすぎるんだよニコは」と呟いてしまいます。

お互いにとって通りすがりであろう相手の話も、ちゃんと聞いてしまうニコ。

相手を傷つけずに、それでいてわりと的確な返しをするニコ。

タバコの火をいつも人にもらうニコ。

ニコニコするわけでもなく、わりと困り顔のニコ。

何となくアンラッキーな一日。でも、そのアンラッキーな出来事に対する主人公の抗わない姿勢が、個人的には好感を持てます。いつもなら何かをリセットしてくれるはずのコーヒーが逃げていく。なかなかそのループから抜け出せない…果たしてニコはいつコーヒーを飲めるのか?

それにしてもモノクロ映画の中のコーヒーってなんで美味しそうなんでしょう。

この映画ほどの冒険はしていないのに、なぜだかコーヒーを飲めない日もあると思います。

ポットでお湯を沸かし…そのお湯がいつのまにか冷めている。スプーンでカップにインスタントの粉を入れたのに、お湯を注ぐところまでいかない。コーヒーを淹れた!牛乳も入れた!そしてスプーンがささったままぬるくなっていく…。一口しか飲んでいないコーヒーに、気づくと何か浮かんでいる…。

時にコーヒーと鬼ごっこの一日もありますね。

でも、いつか当たり前のようにコーヒーブレイクができるようになった時。

この冷めたコーヒーや、なかなかコーヒーにたどり着けない日のことを愛おしく感じるんじゃないかな。

ニコも、きっと同じ。

「コーヒーをめぐる冒険」(原題OH BOY)

2012 ドイツ

chai

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