喫茶店の多い町に子どものころ住んでいた。小学校に入る前ぐらいから、私は父に連れられてよく喫茶店に行っていた。
母がまだ小さい妹を連れて用事を済ませている時、一緒に車で送ってきた父と私は時間を潰さなくてはならない。そういう時に喫茶店に行っていたのだと思う。当時は本当に昭和だったから、今のカフェと呼ばれるような雰囲気のお店ではなかった。行くのはいつも「昔ながらの喫茶店」だった。
客の多くが中高年男性で、ほとんどの人がタバコを吸っている。その煙の中で私も父と向かいあわせに大人用の椅子に座る。父は新聞を読み、タバコを吸いながらコーヒーを飲む。私はオレンジジュースを注文してもらう。
父は黙ってずっと新聞を読んでいる。私はとても退屈だった。ジュースがなくなると間が持たないのでゆっくり飲む。それから父のコーヒーに付いてきた豆菓子を食べる。ピーナツとか、小さいあられみたいなもの。これも早く食べ終わるとやることがなくなる。だからなるべくゆっくり、時間をかけて食べる。そして灰皿に書いてある英語の文字、マッチの箱の絵なんかを眺めている。壁のポスターやテーブルのヒビの行方を目で追っている。そうやって父が「行くぞ」と言うのを待っていた。
オレンジジュースの中には時々、缶詰の真っ赤なサクランボが入っていることがあった。私はこれが嫌いだった。色はきれいでかわいいけど好きじゃない。毎年、山形の親戚から届く生のサクランボは弾力があってみずみずしくてとてもおいしい。でもシロップに漬けてある缶詰の方は変に柔らかくて甘ったるい。同じ果物だとは思えなかった。それでも「サクランボが入っていてよかったねえ」とウェイトレスさんに言われたことがあったから、残してはいけないと思って最後には食べた。顔には出さないようにしていたが、かなり嫌だった。でも、みんなはこれを喜んで食べるんだなあ、じゃあ私も本当は喜んで食べた方がいいんだろうなあ、などと思いながら我慢して食べていた。
大人になってから気がつく。あんなに無理してまで食べなくてよかった。当時は「残す」なんてことは私には想像もつかなかったから仕方がない。食べ物のしつけには厳しめの家だったけど、舌が真っ赤になるような当時のあのサクランボだけは残しても怒られなかったかもしれない。
KARUBE
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