10月1日。それはコーヒーの日。
カテゴリー: 円山店の日々
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10年を振り返って⑤ - date
2016年05月18日 - category
Brown Books Cafe まとめ読み 円山店の日々 雑記
2011年秋、円山の店の隣のアパート取り壊しにより、このままの形態ではこれ以上営業できなくなるという事になりました。絶対出たくないと、泣いて叫んで暴れてわめいても、どうにもすることができず、ただ受け入れなければならない。この建物から卒業するべき時がきたのです。
最初は正直、ブラウンブックスカフェは建物の魅力しかなかったと思う。でも改装期間入れて約5年、様々な自然災害とか貧乏期間を工夫し乗り越え(笑)、そのパワーみたいなものは、この建物では収まりきれない程だったのかもしれない。
お店は、目に見える建物や空間だけが全てじゃない。そう気づくまでなかなか諦めがつかなかった。
これ以上の物件はない。廃業も頭によぎりながら、お先真っ暗で、ショックを受けていた。
ちょうどその時、自分が客として通っていた(というより好きすぎて行かないようにしていたぐらいの)、はろー書店という洋書とアンティーク雑貨の店が閉店と聞き、それもショックで最後に買い物しに行った時、その後そのまま、うちが入ると言う約束をしてしまたった。笑
直感で、円山の物件を超える店はここしかないと思ったから。
そして、読めもしないチェコとかハンガリーとか世界各国の古書、今思うとアンティークだかなんだか知らない雑貨等、ダンボール数十箱分の15年分のはろー書店の在庫もそのまま買い取った。笑
そうして新店舗の改装を始めた。
今度の改装は20坪!円山の倍の広さ。しかもすでに買い取った大量の荷物がある中での改装は本当に大変で、いちいち荷物を全部よけながら、はろー書店のイメージを払拭した方が良いのだろうか、円山のあの建物を出たら、ブラウンブックスカフェらしさって一体何なんだろうか。はろー書店、円山の店を超えるより素晴らしい店にしなくてはいけない…素晴らしい店って一体何なんだろう…と悩みまくってしばらく1人で別世界にいた。笑
体阿弥さんは、「あーまた店長、いま別世界にいるなー」と察してくれたに違いない。
毎日改装しながら、マックのハンバーガーと、みよしののカレー餃子ばかり食べいた。(だいたいお店オープン前は栄養不足で味覚障害になる。苦笑)
まみこさん(お客さん)、けんちゃん(お客さんの息子)、石本さん(友人)が毎日のように手伝いに来てくれた。
同級生の石本さんはこれを期にスタッフとして今も働いてくれている。涙
壁の色はまみこさんが提案してくれた”新しい芽の色”グリーン。ペンキを混ぜて色を出した。その後、西野店も4プラ店もこのグリーンがうちのカラーとなった。
円山の店はもしかしたら続けられる可能性も10%ぐらい残っていたので閉めないで体阿弥さんに任せて、とりあえず2012年1月5日新店舗オープン!!!
そしてその1カ月後、やはり円山店はもう続けられないという結果になり、諦めた。
お客さんも皆ショックを受けていて、さらにまたそれが辛かった。
最終営業終了後のあの全てを失った喪失感は今でも忘れない。店中の傷全部に思い出があり愛おしくて、離れたくなくて、家がどこかもわからなくなって一晩中泣きながら車で徘徊したな。笑
私の商売人生の中で円山店の移転は本当に大きな出来事でした。社会人経験がない私にとって多くの事を学ばせてもらった店。
失ったのではなく、約5年あんな素敵な建物で店をやらせてもらった事に今は本当に感謝している。
つづく





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10年を振り返って④ - date
2016年04月27日 - category
Brown Books Cafe まとめ読み 円山店の日々 雑記
このペースだと連載終わらなそうなので巻いていきます!笑
冬。円山ではとにかく冬が辛かった。
どうしてこんな場所で店なんかやっているんだろうと、ハゲるくらい悩み、考え、しまいに除雪機をプレゼントするという詐欺師(?)にも騙されかけた。苦笑
空腹で雪かきしすぎて吐いたりもしていた。笑
寒いし、お客さんが来ないし、暖房費はめちゃくちゃかかるし、その上、毎晩の水落とし作業。一箇所でも忘れたら、次の日凍結で3万くらい飛ぶし、本当に毎日不安でしかなかった。
1年目は知らない事だらけ。ツララなんて自然に落ちるだろうと放置してたらだんだん内側に丸まって窓ガラスにぶっ刺さって、朝来たらガラスが割れていたり、水落とし失敗して水浸しになったり、北国で商売していく過酷さを学んだ。
そんな時2009年、突然やってきたスタッフ体阿弥(タイアミ)さん。
彼女は、本気で仕事してみたいんです。夢中に何かをやってみたいんです。何かのプロになりたいんです。でもそれが何なのか今はまだわからないんです。ここに面接来る前は悩んでて仏壇屋にも面接に行きました。あ、ちなみにコーヒーは飲めません。初めて会った時そう言っていた。
正直、若くて責任感なさそうに見えたから、全然期待はしていなかったが、それは運命の出会いだった。
不安で嫌で仕方なかった雪かきも、仕事で汗かくなんて幸せですね!!!と嫌な顔一つ見せず張り切ってやってくれた。
店内も外みたいで寒いけど、空気がキレイ!!!朝来たら爽やかな気持ちで掃除が楽しい!と、どんな仕事でも誰も見ていないのにすごく楽しそうにやってくれた。(2日酔いの日以外は)
お客さんにコーヒー美味しいと言われるのは嬉しい!接客は楽しい!と、とにかくいつも笑顔でポジティブ。
本気でぶつかり合う事もあったけど、だいたい毎日顔合わせて、くだらない話ばかりしてた。
大物オーラ出してる人なんて偽物だよね、本当にすごい人はオーラすら隠してるよねとか、嘘をつかず本気で店をやっていくという事、好きな事して食べていくという事、ブラウンブックスカフェが目指している方向性、接客とか、珈琲とは、自分達が読んだ本について…etc、とにかく真剣に、本当にバカみたいに毎日熱く語り合っていた。
デメリットばかりの不便な店に不安そうにやってきたお客さんを必ず大ファンにさせた。私が、そしてお客さんが求める”ブラウンブックスカフェの店員”をプロフェッショナルとして4年間を全うした体阿弥さん。
夏は、カフェテラス席を作ろう!と、庭の開墾から始めた。汗だくで大きな石を運んでずらして草むしったり。まるで奴隷のような仕事内容も一緒にやれば楽しかった。お客さんも皆通りがかりに手伝っくれた。動物も虫も大好きな体阿弥さん。(私は両方苦手)
夏は店内にハチが大量発生した時期も、「あ、刺さないから大丈夫ですよー」って普通に案内して、お客さんも怖がりながらもコーヒーを飲んでいってくれたり。笑
そうしているうちに春夏秋冬と季節がすぎ、私も店に対して徐々に不安が薄れてきこの建物と共存していく季節ごとのコツを習得していった。
どんな事があってどんなに大雪で猛吹雪でお客さんが来なくても店は1日も休まなかった。当たり前だが1番大事な事だと思う。
ハプニングが起これば起こるほど、乗り越えた時の感動と達成感で、どんどんこの建物が好きになり、一生おばあちゃんになってもここで店をやっていたいと思っていた。
それと同時に矛盾するようだけど、まだまだ沢山失敗して挑戦してみたい、海外買い付けの夢は諦めるのか、とも考えていて自分の中で少し葛藤していた。
そうして気がついたら5回目の冬を乗り越えようとしていた時、もしかするともうこれ以上ここで店は続けられなくなる、という話が出てきた。
つづく








