BLOG カテゴリー: 南3条店(喫茶&古本)

浜 和幸 写真展
「パリ・カフェのある風景」

フランス在住の浜和幸さん。7年前に脳梗塞で倒れてから、リハビリで毎日写真を撮りブログを更新中。42年パリに住んでいる浜さんならではの飾らない日常のありのままのパリと、膨大な写真の数と、撮り続けるその活動に感動して、ブラウンブックスカフェで写真展を開催させて頂く事になりました!!!
きっかけは店主の「全部ポストカードにして店に飾りたい!!!」という思い。

この度、うちの熱い要望でセレクト・ディレクションをさせて頂いたポストカード15種類も販売いたします!!! 世の中の誰もがドラマの主人公なんだよなぁと感じさせられる、1枚1枚にストーリーがあります。安物のカメラで色も調整していない、良くも悪くも見せようとしていない、しかもデータも保存していない!?撮る事の執着心と保存する事の無関心さに、会った事もない方の写真展をやりたいと思うくらい心が奪われました。

1人でも多くの方に見て頂きたくて、カフェの方は狭いので店内中に500〜600枚、4プラホールはパネルで2000枚展示します。
どちらも入場無料です!!!

浜 和幸写真展「パリ・カフェのある風景」

■8/1(月)-8/30(火)ブラウンブックスカフェ南3条店にて
店内中に500〜600枚展示
札幌市中央区南3条西1丁目和田ビル3F
12:00-21:00/水曜定休

■8/25(木)-8/31(水)4プラホールにて
パネルで約2000枚展示
札幌市中央区南1条西4丁目4丁目プラザ7F
10:00-20:30年中無休

主催:Brown Books Cafe
協力:浜和幸写真展実行委員会
ブログ:SOZOROプロムナードimage

ダラダラと書いてすいません(-。-;

10周年記念に書き始めたブログもこれで最終章です!

 

お店って、店員、お客さん、商品、サービス、空間等で成り立っていてその統一感が大事で、それらが一致している店がいい店だと思う。

カフェはコーヒープラス店の雰囲気が大事で、雰囲気がいい、とは決してインテリアがお洒落とかそういう事ではなく、偶然の一致が醸し出す空気みたいなものが重要だと思うんです。(意味わかんない…?)

移転直後はひとつ一つがちぐはぐで、しっくりこなくて、しばらく心にぽっかり穴が空いていて円山店の事を引きずっていた。早く自分の店にしなければと焦ったが、何をどうしたら良いのか、方向性もわからないまま日々必死で、結局は時間しか解決できなかった。毎日営業していく事で、あっ!やっとブラウンブックスカフェになった!と感じた日があった。

店を任せられる体阿弥さんが結婚&引っ越ししてしまう前に、やれる事は挑戦しておこうと思い、ケーキも焼けないのに西野に2店舗目のケーキ屋をオープンし、同じ年の2013年に3店舗目の古本&雑貨屋を4プラにオープン。笑

7〜8人で3店舗、3業種(飲食店、洋菓子店、雑貨店)をまわしていたが完全にキャパを超えていた。

去年秋、西野店閉店。

店は簡単に開けるけど、閉めるのは本当に辛い。でも失敗ほど学ぶ事は多い。空っぽの店。1秒で泣ける写真、あえて載せさせて下さい。(円山店2枚、西野店2枚)



海外買付、年1回を年2〜3回に増やしたい!と店舗を増やしたら逆に1回も行けなくなり、そのうちパスポートも失効、家も引き払い、車も失った。笑
諦めかけていましたが、絶対できるから!と励まされ、今年に入りパスポートをゲット、来月チケット買って、国際免許申請して、秋にアメリカ買付いってきます!!!

過去には日本の老舗の喫茶店とフランスやアメリカに行ってカフェの文化を学びました。

カフェとは人が集まる場所。それには惹きつける魅力ある店にしなければならない。それには魅力あるスタッフを惹きつける店主でなければならない。日々成長し器の大きな人間、経営者にならなければならない。そこを目指してこれからも頑張ります。

今年2月に毎日来ていた常連さんが亡くなりました。最後、外に出た日、這って3階のうちの店に上ってきて、みんなによろしくと、言った。

亡くなった後、たまたま息子さんと会えて、偲ぶ会を葬儀所ではなくうちの店でやる事になった。それは本当に光栄で、やっと私もカフェの使命を果たせた喜びと悲しみとプレッシャーで震えた。当日30人以上が集まり常連さんがいつも飲んでいたフレンチを皆で飲んだ。↓



円山店を惜しんで頂いたT様、マンション購入の際、リフォームしてブラウンブックスカフェ円山店を再現した小さな小さなドアをつけた秘密の「ブラウンルーム」という部屋を自宅を工事して作ってくれました。↓

体阿弥さんが普段撮りためていたデジカメの写真で写真展も開催した↓

場所は札幌ではなく、あの「アルテピアッツァ美唄」と「小樽文学館」にて。最高の場所でした!



常連さんも円山店も失った訳じゃなくずっと消える事なく心に常に存在しています。

色々ありましたがお客様はもちろん、スタッフ、元スタッフ、仕入先、経営者の先輩&仲間達に本当に感謝!10年ありがとうございます! 

そして長々と読んで頂いた方もありがとうございます!

うちみたいな小さな店は本当にあっさり簡単に潰れてしまいますので、飽きずに11年目もどうぞよろしくお願いします!!!(^o^)

店主 星川 洋子
photograph by Ryu

2011年秋、円山の店の隣のアパート取り壊しにより、このままの形態ではこれ以上営業できなくなるという事になりました。絶対出たくないと、泣いて叫んで暴れてわめいても、どうにもすることができず、ただ受け入れなければならない。この建物から卒業するべき時がきたのです。

最初は正直、ブラウンブックスカフェは建物の魅力しかなかったと思う。でも改装期間入れて約5年、様々な自然災害とか貧乏期間を工夫し乗り越え(笑)、そのパワーみたいなものは、この建物では収まりきれない程だったのかもしれない。


お店は、目に見える建物や空間だけが全てじゃない。そう気づくまでなかなか諦めがつかなかった。

これ以上の物件はない。廃業も頭によぎりながら、お先真っ暗で、ショックを受けていた。

ちょうどその時、自分が客として通っていた(というより好きすぎて行かないようにしていたぐらいの)、はろー書店という洋書とアンティーク雑貨の店が閉店と聞き、それもショックで最後に買い物しに行った時、その後そのまま、うちが入ると言う約束をしてしまたった。笑

直感で、円山の物件を超える店はここしかないと思ったから。

そして、読めもしないチェコとかハンガリーとか世界各国の古書、今思うとアンティークだかなんだか知らない雑貨等、ダンボール数十箱分の15年分のはろー書店の在庫もそのまま買い取った。笑 

そうして新店舗の改装を始めた。

今度の改装は20坪!円山の倍の広さ。しかもすでに買い取った大量の荷物がある中での改装は本当に大変で、いちいち荷物を全部よけながら、はろー書店のイメージを払拭した方が良いのだろうか、円山のあの建物を出たら、ブラウンブックスカフェらしさって一体何なんだろうか。はろー書店、円山の店を超えるより素晴らしい店にしなくてはいけない…素晴らしい店って一体何なんだろう…と悩みまくってしばらく1人で別世界にいた。笑

体阿弥さんは、「あーまた店長、いま別世界にいるなー」と察してくれたに違いない。

毎日改装しながら、マックのハンバーガーと、みよしののカレー餃子ばかり食べいた。(だいたいお店オープン前は栄養不足で味覚障害になる。苦笑)


まみこさん(お客さん)、けんちゃん(お客さんの息子)、石本さん(友人)が毎日のように手伝いに来てくれた。

同級生の石本さんはこれを期にスタッフとして今も働いてくれている。涙

壁の色はまみこさんが提案してくれた”新しい芽の色”グリーン。ペンキを混ぜて色を出した。その後、西野店も4プラ店もこのグリーンがうちのカラーとなった。

円山の店はもしかしたら続けられる可能性も10%ぐらい残っていたので閉めないで体阿弥さんに任せて、とりあえず2012年1月5日新店舗オープン!!!

そしてその1カ月後、やはり円山店はもう続けられないという結果になり、諦めた。

お客さんも皆ショックを受けていて、さらにまたそれが辛かった。


最終営業終了後のあの全てを失った喪失感は今でも忘れない。店中の傷全部に思い出があり愛おしくて、離れたくなくて、家がどこかもわからなくなって一晩中泣きながら車で徘徊したな。笑

私の商売人生の中で円山店の移転は本当に大きな出来事でした。社会人経験がない私にとって多くの事を学ばせてもらった店。

失ったのではなく、約5年あんな素敵な建物で店をやらせてもらった事に今は本当に感謝している。

つづく

このペースだと連載終わらなそうなので巻いていきます!笑

冬。円山ではとにかく冬が辛かった。

どうしてこんな場所で店なんかやっているんだろうと、ハゲるくらい悩み、考え、しまいに除雪機をプレゼントするという詐欺師(?)にも騙されかけた。苦笑

空腹で雪かきしすぎて吐いたりもしていた。笑

  
寒いし、お客さんが来ないし、暖房費はめちゃくちゃかかるし、その上、毎晩の水落とし作業。一箇所でも忘れたら、次の日凍結で3万くらい飛ぶし、本当に毎日不安でしかなかった。

1年目は知らない事だらけ。ツララなんて自然に落ちるだろうと放置してたらだんだん内側に丸まって窓ガラスにぶっ刺さって、朝来たらガラスが割れていたり、水落とし失敗して水浸しになったり、北国で商売していく過酷さを学んだ。
   

    

そんな時2009年、突然やってきたスタッフ体阿弥(タイアミ)さん。 

 彼女は、本気で仕事してみたいんです。夢中に何かをやってみたいんです。何かのプロになりたいんです。でもそれが何なのか今はまだわからないんです。ここに面接来る前は悩んでて仏壇屋にも面接に行きました。あ、ちなみにコーヒーは飲めません。初めて会った時そう言っていた。

正直、若くて責任感なさそうに見えたから、全然期待はしていなかったが、それは運命の出会いだった。

  不安で嫌で仕方なかった雪かきも、仕事で汗かくなんて幸せですね!!!と嫌な顔一つ見せず張り切ってやってくれた。 

 店内も外みたいで寒いけど、空気がキレイ!!!朝来たら爽やかな気持ちで掃除が楽しい!と、どんな仕事でも誰も見ていないのにすごく楽しそうにやってくれた。(2日酔いの日以外は)

お客さんにコーヒー美味しいと言われるのは嬉しい!接客は楽しい!と、とにかくいつも笑顔でポジティブ。

本気でぶつかり合う事もあったけど、だいたい毎日顔合わせて、くだらない話ばかりしてた。

大物オーラ出してる人なんて偽物だよね、本当にすごい人はオーラすら隠してるよねとか、嘘をつかず本気で店をやっていくという事、好きな事して食べていくという事、ブラウンブックスカフェが目指している方向性、接客とか、珈琲とは、自分達が読んだ本について…etc、とにかく真剣に、本当にバカみたいに毎日熱く語り合っていた。

デメリットばかりの不便な店に不安そうにやってきたお客さんを必ず大ファンにさせた。私が、そしてお客さんが求める”ブラウンブックスカフェの店員”をプロフェッショナルとして4年間を全うした体阿弥さん。

夏は、カフェテラス席を作ろう!と、庭の開墾から始めた。汗だくで大きな石を運んでずらして草むしったり。まるで奴隷のような仕事内容も一緒にやれば楽しかった。お客さんも皆通りがかりに手伝っくれた。動物も虫も大好きな体阿弥さん。(私は両方苦手)

   
 

夏は店内にハチが大量発生した時期も、「あ、刺さないから大丈夫ですよー」って普通に案内して、お客さんも怖がりながらもコーヒーを飲んでいってくれたり。笑

そうしているうちに春夏秋冬と季節がすぎ、私も店に対して徐々に不安が薄れてきこの建物と共存していく季節ごとのコツを習得していった。

どんな事があってどんなに大雪で猛吹雪でお客さんが来なくても店は1日も休まなかった。当たり前だが1番大事な事だと思う。
ハプニングが起これば起こるほど、乗り越えた時の感動と達成感で、どんどんこの建物が好きになり、一生おばあちゃんになってもここで店をやっていたいと思っていた。  

 
それと同時に矛盾するようだけど、まだまだ沢山失敗して挑戦してみたい、海外買い付けの夢は諦めるのか、とも考えていて自分の中で少し葛藤していた。

 

 そうして気がついたら5回目の冬を乗り越えようとしていた時、もしかするともうこれ以上ここで店は続けられなくなる、という話が出てきた。
つづく

「私も趣味でこんな店やりたいわぁ」って何度もお客さんに言われた。

趣味じゃねぇよ!!!!毎日が命がけだよ!!!!って心の中でいつもブチ切れていましたが(笑)、今考えるとそう思われていたのはある意味カフェとして成功だと思う。そう思われるべき存在なのが喫茶店でありカフェだと思う。

  

はぁ…

この写真を見るだけで、言葉が出てこなくて、ブログもなかなか書けませんでした。深いため息と同時に、でもだからこそ今があるんだと確信する。

 

最初は売上げがなさすぎて、安くしてくれた家賃も払えなそうだったので、バイトを2つしていた。焙煎元とすすきののソウルバー。

開店して数日間は大好きなヒップホップを大音量でかけていたけど、雰囲気が合わなくて渋々諦め、でもBGMは絶対ブラックミュージック!と決めた。コーヒーは有機栽培豆をネルドリップで1杯¥600、そして家中の本を全て並べた。

全国で有名な喫茶店”森彦”の真向かいに店を出したのも、もともと喫茶店や飲食店よりも自分は物を売る方が好きだったので、サッポロ珈琲館時代と同様、豆売りメインにして、もしたまにここで飲みたいと言われたら2階に案内しよう。

しかし、その考えが甘かった。駐車場もないのに次から次と車で来るお客さんは皆カフェ利用したいとの事。ご近所から怒鳴り込みの苦情がきた。

しかも1番の難題は2階のカフェスペースに行く階段が外階段。

1階でコーヒー淹れて外出て2階に運ばなければいけなかった。しかもコーヒーを出したら店員は1階に戻るので、知らないお客さん同士が近距離で密室に閉じ込められるというシステム。

しかもなんと言っても寒い!!!!!

もう言葉で表現できないぐらい不便すぎた。隠れ家って完全に隠れきっちゃってるし!売上げ上げたいのに、せっかく人が来ても駐車場ないとか、2階見るだけ見て写真撮るだけ撮って、皆次々と帰っていった。自分は何のために店をやっているのか、帰って行くお客さんの背中を見ながら途方に暮れていた。

お先真っ暗で毎日、どうしよう、こんな店あり得ない、問題だらけだ、ご近所には存在自体が迷惑なんだ…と落ち込みながらも、もう開き直るしかなく、不便を売りにしよう!と決意。笑

”不便な店です”

”8席しかありません”

”コーヒー運ぶのに時間がかかります”

”禁煙です”

”寒いです”

”相席させて頂きます”

”駐車場はありません”

とマイナスを売りにしまくった。笑

それでも次々と来てくれたお客様にとって一体何が魅力だったのかと言うと、当時札幌ではまだブックカフェというのが一般的に知られていなかった事。取材とかで「なぜ本とコーヒーなんですか?」とよく聞かれた。

そして最大の魅力は建物。

どんなに一生懸命やろうがカフェなんて潰れる率NO.1。最初なんて中身空っぽ。惹きつけられるのは建物だけだったと思う。

  
ホームページの写真を見て、新潮文庫のシャーロックホームズの装丁を手掛けた東京の玉浦さんから突然電話がきて、図案展をうちの店でやる事になった。初めてのイベントで前日は徹夜しかなりテンパったがいい思い出。(仕事ができなかったので徹夜すればいいと思っていた)

デメリットだらけでも、なんとか毎日、不可能を可能にしようというモットーで、問題1つ1つを工夫して解決していった。この経験はものすごく役立った。

あと、スタッフには、昔ポスティングしたチラシを見て出会った豊永さんとホームページをお願いしていた山田さんという一回り以上歳上の方、2人が時々店番してくれていた。

少しづつ忙しくなり、土日働けるスタッフを入れようとブログで告知し、1番最初に電話をくれたまゆちゃんという子が面接に来た。もちろん初めての面接で、何を聞いたらいいのかわからず、近所に住んでいるから交通費がかからないと、その場で即採用。笑

少し体が弱かった為、より体力とやる気に満ち溢れた人が必要だった。

そんな時、突如現れた、体阿弥さん。色んな人によってうちの店は作られたが、ブラウンブックスカフェはこの人なしでは語れない!

つづく